君がいる世界(改稿版)

□九章.集う孤は楔
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 今日、蘭はアンヘリカへ向かう。

 姫の証である赤い衣服を身にまとい、髪を結う。そして城から出て、国民に姿を晒す。

 ウィルナの姫ランはシェラルドとの対話の為にアンヘリカへ向かい、結果と共に帰って来る。

 発言は必要とされず、ただ凛とした佇まいを見せつければ良いのだとセルアは告げた。

 ユージィンも、確かな未来と共に蘭は存在しているのだから自信を持てと頷く。

 戦わない結末を望んではいるが、必ずしもそうなる保証はない。決裂すれば、おそらくではあるが戦いが起こるのだろう。

 国の行く末を知る権利は誰もが持っており、大勢がいる空間を蘭はランとして歩いた。護衛として側に付く者に囲まれ、並ぶようにユージィンや重役達もいる。セルアだけが共に行動をせず、先に乗り合い場へ向かっているはずだった。

 ウィルナでは町の中を徒歩で移動する以外の方法はない。王族だろうが王宮に勤めていようが、誰もが歩くほかはないのだ。

 必ずしも安全が保証されないが故に、ランの周りは景色が見えぬ程に囲まれている。しかし、正面はある程度開けている為、自身が通る道の端にはたくさんの人が集まっているのがわかった。そして、その者達は蘭がアンヘリカへ向かう事へ対する思いを口々に投げかけて来る。

 ラン様はこの国をお救いになる方だ。

 戦いを望まぬのだから、必ず良い知らせをもたらしてくれる。

 誰よりも素晴らしい未来を持っていると告げられた姫が、私達の命を奪うはずがない。

 概ね姫を信じている。いや、心酔しているような熱のこもったものが多く、蘭はこの国における姫という人物の重要性について改めて認識させられた。

(こんなにも信じる人がいるのに、どうして姫様はいなくなってしまったの?)

 蘭は疑問を抱きつつも歩みを進める。アンヘリカへ向かう理由は例を見ないものであり、今の蘭は周りへ愛想を振りまく必要もない。真剣な面持ちで乗り合い場まで向かう事が重要だった。

 とにかく、それまでは蘭に戻ってはならない。

 信念を持ち、国の為に動く姫。それがまさか偽者だとは誰も思っていないのだろう。

 時折、本当に極稀にだが良くない言葉も耳には飛び込んで来た。しかし、全ての者が支持をするという事態は到底考えられないのだから、その人はそう思っているだけだと受け止める。

 何よりもそうした内容を口にすると、周りの国民達がその人物を言いくるめるように言葉をかけてしまうのだ。

 姫にそのような無礼を働くな。

 そうして揉めるかと思えば、そこまで熱く批判の言葉を吐こうともしない。

 自分達は先視みによって殺されはしないのだ。

 否定の言葉を口にしていても、姫の成した事を認めぬわけではない。どうしようもなく姫を批判する人物は今のところ、蘭には見受ける事ができなかった。





 わずかにだが揺れる乗り合いの中で、蘭は普段よりも心持ち姿勢を正し腰かけている。今はアンヘリカ到着まで姫である事を忘れくつろげる時なのだが、どうしても緊張は隠せなかった。

 これまでは常々砂漠を渡るものと同じ乗り合いで移動していたが、今回は姫の為に作られたという豪華なものだ。見るからに違う外観にも驚いたが、中身は更なるものを感じさせる。まるで小さな部屋と表現すべき内装に蘭の気負いは増すばかりだ。

 ベンチ状の椅子と床そのものを使用する空間が半々である乗り合いとは違い、ここには簡易的なベッドすらも備え付けられている。乗る人数が限られているのか椅子の数は半分以下に減らされ、寄りかかる為に使用していた壁板には棚が作りつけられていた。

 一台での移動ならば、セルアの魔力で所要時間を速める事ができる。

 しかし今はウィルナの者達が複数の乗り合いにいるのであり、丸二日という当たり前の道程を辿らなくてはならないのだ。更にはアンヘリカでの不測の事態に備えて魔力を無駄にできないという理由もある。

 蘭はこの無駄に豪華に見える乗り物でアンヘリカを目指す以外の選択肢を持たないとは知りつつも、思わず呟いてしまう。

「なんだか違い過ぎて落ち着かない」
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