心は何かに捕らわれて

□二.偶然は必然へと変る
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 今日は十二月二十四日。

 クリスマス・イヴなのだから、街も人もそれに染まりきっている。

 中には私みたいに仕事が終わって帰りますって感じの人もいるけれど、それもどこか急いでいるように見えた。

 仕事はたっぷりあるものの、毎年クリスマスは早く帰るはめになる。

 一人で仕事をしているわけではないし、周りが今日だけは残業したくないと頑張れば、必然的に私にも時間が出来た。

 去年は亮が家に来たのだけれど、正直あまり楽しくはなかったなと思い返す。

 今年は帰って積んである本でも読もうかしら? その方がずっと有意義だわと足を進める。

 すると、どこからか声が聞こえた。

「麻美さーん」

 だいぶ聞き慣れた声に目を動かせば、人ごみの中から飛び出すようにしているかける君の顔が見える。

 やっぱり背が高いのね。

 人を避けながら近づいてくるのを認めた私は、とりあえず通路の端へと移動する。

 そうして側へやって来たかける君の首には暖かそうなマフラーが巻かれていて、自然と感想が漏れた。

「あら、暖かそうね」

 挨拶もないままにそう言うと驚いた顔をされてしまったけれど、かける君も負けてはいない。

「巻く?」

 私はつい、笑ってしまう。

「いいえ、かける君がつけときなさい」

「麻美さんお母さんみたい」

 くすくすと笑われながらも、その言葉は見逃せない。

「こんな大きな子供はいらないわ」

「俺も子供扱いは嫌だな」

「あら、そう?」

 どうやらお母さん発言は撤回してもらえるようだと思っていれば、かける君が珍しく何かを言おうとして止めた事に気付く。

「どうしたの?」

 普段も何でも思いつくままに言っているわけではないのだろうけれど、割と迷わずに言葉を返してくるイメージがあった。

 すると、少し困ったように眉が下げられる。

「一人なの? それともどこかに行くの?」

 そうして発せられた内容に、どうやらクリスマス・イブに定時で上がったらしい私の予定を気にしたのだと気付く。

 いつもは迷わずにどこかへ行こうって言っていたものね。

 慌しく通り過ぎて行く人を横目に、私は当然のように言う。

「職場の人達の予定に合わせたら定時で帰るしかないの、これから家に向かうところ」

 何となく、本当に少しだけれどかける君の口端が上がったような気がした。

 私、変な事言ったかしら?

「それでいいの?」

「それでいいのって何よ? クリスマスだからって誰かといる必要もないでしょ」

 どうしてクリスマスだからって異性と過ごさなきゃならないのよ。おかしいわよ、クリスマスは家族と過ごす為にあるのよ、本来は。実家は全然そんな事ないんだけれどね。

 内心毒づいていると、かける君が普段通りに目を細める。

「まあ、そうだね。俺も一人だし」

「お互い様なのね。そうだ、食事でも行く?」

 私の意見に同意してくれた事が嬉しくて、つい誘いの言葉が漏れてしまったのだけど、かける君はどこか不満そう。

「あれ、もしかして用事あった?」

 そして、そのままの表情で言われる。 

「言おうと思ってたのに、先越された」

 むくれている姿は何だか可愛らしい、見た目がキツそうだからってそうとも限らないものよねとこっそり思っておく事にして、かける君のコートの袖を軽く掴んで引く。

「そのくらいいいじゃない。さ、行きましょ」

 とにかく歩こうと示せば、何故か拒否される。

「良くない」

 そうしてわざわざ私の指を自分の袖から離させると、何故か丁寧に手を取られた。

 一度触ったのに何してるの? と見守っていれば、改めてお誘いの言葉をかけられる。 

「クリスマスらしさはなしで居酒屋ですが、行って下さいますか?」

「何よその口調」

 かしこまった様子が面白くて言うと、少し照れたような表情が見えた。

「何となく、ね」

「いいわよ、行きましょう」

 男女の関係がない者同士のクリスマスも案外いいのかもしれないと、私はかける君と並んで歩き出した。





 言葉通りに居酒屋で小さなテーブルを挟んでお酒を飲む。

 簡単にだけど仕切られているから、あまり雑多な感じのしない雰囲気は悪くない。
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