美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□モデル系ホモカップル殺人事件 中編<美男子探偵蔵馬5>
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「よし、出来た! 昔なつかし、レトロなきっちり仕上げの三つ編み完成! どう、探偵さん?」
「・・・どうと言われましても、こんなに強く髪を引っ張ったらハゲの原因になりませんか? 俺、まだ若ハゲにだけはなりたくないんです。サラサラのロングヘア命ですから。」
 田舎の女子中学生のような頭にされた蔵馬が複雑そうな顔で梢に渡された鏡を覗いている間、裕也はわざと面倒くさそうな口振りでポツポツと愛とのことを話し始めていた。
「愛も俺も、ショックすぎて自分の頭が壊れてしまいそうな大失恋を経験した直後で・・・お互いムシャクシャしてたんだよ、今思えばさ。もう世の中も人生もなにもかもが嫌になってた。」
 投げやりな調子で話しながら、裕也は指に嵌めた大振りのシルバーの指輪を手持ち無沙汰にカチカチと爪で弾いていた。
「あの頃の俺は、俺の今までの人生で初めてってくらいとことん惚れ抜いてた恋人の樹を、なんの前触れもなく突然現れた仙水の野郎にとられて・・・もちろんどんな卑怯な手段を使ってでも樹を仙水から取り返そうと躍起になったけど、あのカップルのベタベタしたありえない熱愛ぶりじゃ、俺がいくら必死になって邪魔してもどうにもならなかった。それどころかそれまで俺が誰にも負けたことがなかった得意のモデルの仕事まで新人の仙水にとられ始めて、あっという間にこの事務所のナンバーワンモデルの座からも引き摺り下ろされた。」
 苛立たしげな仕草で、裕也は自分の額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
「まぁそんなこんなで、それまで人一倍高かった俺のプライドが仙水ひとりのために見事にズタズタにされて、なんていうか・・・食事も喉を通らない、夜も寝られない有様になっちまって本気で参ってた。愛も俺と同じだよ。昔からずっと一途に追いかけ続けていた仙水がよりによって男の樹とできてゲイになっちまったことで、やっぱり俺に負けないくらい滅茶苦茶落ち込んでた。無理もないよなぁ、あいつは自分の青春のすべてを仙水に捧げ尽くしていたんだから。」
 どん底に落ち込むあまり自暴自棄になっていた当時のことを思い出すのか、普段は誰より強気な裕也の口振りも、話しながら自然とどんよりとしてきて明らかに冴えなかった。
「ようするにふたりとも人生初の大失恋を経験してものすごく荒れてた時期で、それだけでも俺達が強力な磁石みたいに引き合うひとつの十分な要因になってたと思う。あの頃の俺達には互いがどうしても必要だった。」
「つまり・・・傷の舐め合いってやつですか?」
 蔵馬の無遠慮な質問に、裕也は気を悪くした様子もなくニカッと顔を崩した人の好い笑顔を見せた。
「そう。まさしくその通りだった。俺達ふたりとも自分を振った男のことを忘れたくて、でもずっと忘れられなくて苦しんでたから、互いの痛みがわかる同じ境遇の者同士で慰めあっていたんだ。当時あいつは仙水に、俺は樹に四六時中しつこくつきまとってて、この家の周囲や仙水の仕事の現場なんかで自然と顔を合わす機会も多かった。それで・・・最初はたまに挨拶の言葉を交わす程度の知り合いだったのが、気付けば意気投合して、親しくなって、付き合い始めてた。」
 間違いなくひたすら重い、重すぎる内容をそれとは逆に不自然に素っ気ない調子で話しながら、裕也は額にパラパラとかかる長い前髪を片手で軽く触れ、物憂げな仕草で掻き揚げた。
 そういう普通の人がやるとちょっとキザにも見えかねない仕草がさりげなく決まるのがさすがモデル、普段から人に見られるのに慣れている人種独特の非常にいい雰囲気で、そういや確かにこういうとこは以前彼の恋人だった樹と共通しているなと、梢の手によってきっちり編まれてしまった三つ編みを苦労して自分でほどきながら、蔵馬はふと思った。
「愛は・・・女のくせにやけに気が強いとこあるし乱暴だし、さすがストーカーなんてやるだけあって病的に思い込み激しいけど、でもあいつ、俺なんかにはもったいないくらい相当可愛いんだよな。いや、ただ単に見た目がいいだけの女なら、俺もこの見てくれ命の業界に長くいるから飽きるほど大勢見てきたんだ。実際そのうちの何人かと付き合ったこともある。けど・・・。」
 ぽってりと分厚めの唇を指でトントンと叩きながら話す裕也の口元が、嬉しそうにわずかにほころんだ。
「あいつの場合は中身も雰囲気も、それにもちろん外見も全部ひっくるめて可愛い。見た目だけ取り繕ってるそのへんのモデル女とは、可愛さの質も次元も違うんだ。まさに月とスッポン。」
 話す裕也の声までもが、気のせいかいくらかウキウキと弾んでいるように聞こえた。
「実は愛を初めて見たときからいいな、好みのタイプだなと、俺はあいつには言わなかったがひそかに思ってた。それでその後何度か顔を合わせるたびに気合入れて話しかけてたら、そのうちあいつも俺のこと結構気が合うと思ってくれたみたいで、それでもまだあいつ、これまで男と付き合った経験が一度もなかったから最初は俺のこと警戒して躊躇してたけど、結局俺の押しの強さに負けて、めでたく俺達付き合うことになった。」
 ここでひと息ついた裕也は肩をダラリと落とし、しばらく気が抜けたようにぼうっとしていたが・・・。急にイライラと落ち着かない様子で、稲辺の淹れたコーヒーをカップを思い切り高く上げて一気に飲み干した。
「あいつと付き合ってて、俺は楽しかったよ。これまで俺はどちらかというとチャラチャラして遊び慣れた女とばかり付き合ってきたから、生真面目でびっくりするほど男慣れしてないあいつの反応がいちいち面白くて、新鮮に感じてさ。しかもなぜか俺はそれが嬉しくてたまらなかった。」
 裕也はニッと無理したような微笑を浮かべた。
「ま、そりゃときどきは面倒くさくも感じたけどさ。たとえば・・・わかるよな?」
 恥ずかしそうに頭を掻き、裕也は下を向いて話を続けた。
「でもってあいつ、性格もすごくいいんだ。明るくて優しくて、自分のこと可愛いという自覚が全然ない。・・・多分これは長年愛に冷たくし続けた仙水のせいかな?」
「・・・でしょうね。」
 蔵馬は頷いた。
 片思いし続けた相手の幼馴染にこっぴどく振られてばかりでは、いくらアイドル並みのルックスを持つ愛でも自分が可愛いなどとは絶対に思えないだろう。
「とにかく愛は、今まで俺が付き合ってきたような美人でスタイル抜群だがナルシストな女達とは全然違ってた。一緒にいて断然楽しいんだ。こんないい女を長年振り続けた仙水はなんて馬鹿な男なんだろうって思ったし、実際俺自ら愛にも何度もそう言ってた。愛も初めて男と付き合って戸惑うことは多かったようだけど、不器用ながらも一生懸命俺についてきてくれてた。」
 蔵馬、飛影、稲辺の男3人は真剣な面持ちで裕也の告白に聞き入っていたが、残念ながら紅一点の梢は蔵馬の髪で遊ぶのに夢中でほとんど聞いていない様子だった。
「ねぇ、探偵さん。次はコテで髪巻いてもいい?」
「えっ? それって毛根にダメージ与えますか? 毛根は困るんです、毛根は。」
「毛先中心に巻くから毛根には関係ないわよ。大丈夫。」
「ああ、それなら。・・・お好きなようにどうぞ。」
「きゃあ、ありがとう! 上手く巻けるよう頑張るわ。コテ熱いから火傷しないよう気をつけてね。絶対に動いちゃ駄目よ?」
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