美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□モデル系ホモカップル殺人事件 中編<美男子探偵蔵馬5>
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「確かに俺達、上手くいってた時期もあったんだ。多分、以前に俺が樹と付き合っていた頃よりも・・・。」 
 豊かな長い前髪のかかった額に手をやり、裕也はギュッと眉根を寄せた苦悩の色の濃い表情を浮かべて、かつての愛との幸福だが辛くもあった日々の思い出話を語り続けた。
「このまま愛と一生一緒にいられたらどんなにいいだろうと思った。もしかしたら本当にそうなるんじゃないかってこっそり期待してた。けど駄目だった。過去の失恋の傷を新しい恋愛で癒そうとしてた俺達だったけど、失敗した前の恋愛で負った傷が俺たちの思ってた以上に深かったらしく・・・すぐに手に負えなくなったんだ。」
 うなだれた端正な顔を両手で覆い、裕也はあえぐような苦しげな声を洩らした。
「わっ、熱っ!!」
 ジュッ。
 完全に熱くなったコテを梢に首元まで近づけられて、蔵馬は思わず裏返った声で悲鳴をあげた。
「あら、ついうっかりしてたわ。でもね、肌にギリギリ触れてはいないから大丈夫よ。もう少しで危ないとこだったけど。」
「いや、嘘でしょ! 梢さん、今思いっきり肌に当たってましたよ! ほら、ジュッ!ってすごい音したじゃないですか!」
「まぁ、そう? ごめんなさい。二度としないよう気をつけるわ。」
 梢はおっとりした口調で謝りながら、クルクルと器用な手付きでコテに蔵馬の髪を巻きつけ続けた。
「俺は樹と別れた後もこの事務所でモデルの仕事を続けていたから、仕事の打ち合わせや撮影の現場で樹にも仙水にもいやでもたびたび顔を合わせてしまう。大学やバイト以外の暇なときはほとんど俺と行動をともにしていた愛も、俺についていった先で仙水の姿を見かける機会があった。それでふたりともどうしても過去のことを思い出して、忘れられなくなって、つい今の恋愛と比べてしまい・・・それからはなにもかもが上手くいかなくなった。俺達は顔を合わせるたびに喧嘩ばかりするようになって、最後のとびきりひどい大喧嘩の末にあっという間に別れてしまった。」
 ハァ。
 広い肩を揺らし、裕也は切なげにため息をついた。
 彼の普段は若者らしいイキイキと血色のいい顔が、今は気のせいか少し青ざめて、何歳か老けて見える。常にモデルらしいかっこいい雰囲気をまとっている裕也だが、このときばかりはそんな余裕など微塵もないらしく、度重なる失恋に傷つけられくたびれた、見るからにみすぼらしい感じだった。
「今思うと、あのとき俺が無理にでも環境を変えれば良かったんだ。俺がモデルやめて、いやそれは無理でも事務所なんて他にたくさんあるんだからせめてよそに事務所を移って、樹や仙水から離れることができれば・・・愛も俺も、ああも救いようのない情緒不安定にならずに、そのまま無事付き合い続けることができたかもしれない。別れずに済んだかもしれない。今さら後悔したって遅いけどな。」
「えっと、裕也君の話聞いてて俺、思ったんですけど・・・もしかして。」
 蔵馬はじっと裕也の顔を真剣に見据えて尋ねた。
「できれば今からでも愛さんとよりを戻したいって、そう裕也君は考えてるんですか。彼女とやり直したいと?」
 蔵馬に尋ねられた裕也は、かすかに唇を曲げて力ない笑いを浮かべて見せた。
「いや・・・今の俺達じゃ、どうせより戻したってまたすぐ駄目になるよ。俺と別れるとき愛は言ってたんだ。もう二度と誰とも付き合わない、仙水に他に恋人がいてもずっと仙水のことだけを想い続ける、って・・・。それ聞いたとき、俺はもう愛のことはきっぱり諦めた。あいつにそこまで言わせてしまうほど、俺は愛を傷つけちまったんだなってわかったからさ。」
 話しながら、裕也はゆっくりと目を閉じた。
「きっといつかは仙水のことを忘れさせてくれる男が愛の前に現れるだろう・・・でもその男は俺じゃなかったってことだ。残念だけど。」
 ヤケになった皮肉な口調で裕也が言い切った瞬間、梢が元気いっぱいにはしゃいだ声で叫んだ。
「ジャジャ〜ン!! 見て、見て!! ゴージャス巻き髪完成!! きゃあ、素敵よ、探偵さん!! 毛先までしっかりクルクルしてて、お姫様みたい!! ね、ね、どう?」
「はぁ・・・すっごいですね・・・。いやもう、なんだか豪華すぎて自分じゃないみたいな・・・。ていうか、これってマリー・アントワネット? アハハ・・・。」
 梢に渡された手鏡を覗き込んだ蔵馬は、疲れた顔で微笑んだ。
 稲辺と飛影は同じ男として心から同情した眼差しで、完成した彼のツヤツヤと美しいゴージャス巻き髪を眺めた。
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