美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□モデル系ホモカップル殺人事件 中編<美男子探偵蔵馬5>
6ページ/81ページ

「あ〜残念・・・。」
 梢はがっくりと肩を落とした。
 蔵馬につけてもらうために自分のお気に入りのパールのカチューシャを部屋に取りに戻った梢だったが、どういうわけかお目当てのカチューシャはどこにも見つからなかった。あきらめきれない梢はその後稲辺とふたりがかりで部屋中ひっくり返して徹底的に探したものの、梢のパールのカチューシャは結局最後まで彼女の部屋の中には見つからなかった。
「あれ探偵さんに絶対似合ったのに、すごくつけてもらいたかったのに・・・一体どこへやったのかしら? 私の長年のお気に入りで大事にしていたのよ?」
「大丈夫。そのうち見つかりますから、梢さん元気出してください。・・・ところでそのカチューシャ、いつもはどこにしまってるんですか?」
 明るい口調で梢を励ましながら蔵馬に尋ねられ、落胆もあらわな沈んだ表情の梢は彼女の今の気持ちを表すような弱々しい、消え入りそうな小声で答えた。
「私の部屋の衣装箪笥の、ドレスアップ用の小物がしまってある引出しの中よ。でも何度探してもそこにはなかったの。あれは他のアクセサリーに比べてちょっとかさばる大きな物だから、わざと宝石箱の中へはしまっておかなかったのよ。失敗だったわ。」
「困りましたね、梢様。あのカチューシャは確か、以前梢様自ら特別にご注文になった、かなり値が張るものですよ。一流ブランド物ですし、なにしろ本物の、それもかなり大粒の上質な真珠がぎっしり飾られていますから・・・。もしや泥棒でも入って盗まれたのではないですか。」
 稲辺は心配そうな顔で言ったが、梢は首を横に振った。
「あら。泥棒だなんて、そんなことないと思うわ。私、ぼんやりしてるから、きっとどこかに置きっぱなしにしちゃったのよ。そのうちなにかの拍子にひょっこり出てくるんじゃないかしら。」
「だといいんですが・・・。」
 稲辺はまだ不安そうな声で曖昧に相槌を打ったが、お嬢様らしくもともとお金に執着心のない梢は、案外すぐに気を取り直してさっぱりした表情で蔵馬のほうへクルリと向き直った。
「本当に早く見つかるといいわね。あのカチューシャ、そのきれいな巻き髪にも探偵さんの雰囲気にもぴったりだと思うから。清楚なのに華やかで、とても素敵なのよ。」
「・・・・。」
 蔵馬はあえて返事をしなかった。
 もちろん蔵馬のほうは、少なくとも事件が無事解決して自分がこの家を立ち去るまでは、当分その梢愛用のカチューシャが紛失したままの状態であることを切実に祈っていた。一応男としてこの派手な巻き髪だけでも十分恥ずかしいのに、さらにゴテゴテとパールに飾られた乙女趣味全開のカチューシャまでつけられたらかなわない。それこそ自分を華やかに見せることに必死のキャバ嬢にしか見えないだろう。あわれだ。
「今は探偵さんお仕事が忙しくて無理かもしれないけど、そのうちお仕事が落ち着いたら一緒に探偵小説のお話でもしたいわ。どの作家さんが好きかとか、どんなトリックに注目しているかとか・・・。」
 とりあえず調査の続きはまた明日ということにして、そろそろ日が暮れて遅い時間になったということもありウトウト眠そうな飛影を連れて引き揚げようとする蔵馬に、車椅子を操って彼らを玄関口まで見送りにきた梢は、微笑みながら声をかけた。
「ええ、ぜひ。俺も探偵小説について人と語るのが大好きですから、楽しみです。」
 本当に心からそのときがくるのを楽しみに思って、蔵馬もにっこりと微笑み返した。
「ねぇ探偵さん、私最後にひとつお訊きしたいことがあるんだけど・・・。」
 ついでを装うようなさりげない口振りで、梢は口元をわずかに歪め心細そうに言った。
「はい、なんでしょう?」
 キラキラと今にも後光が差しそうなゴージャス巻き髪の蔵馬が優しい笑顔で振り返り、梢は彼女のありったけの勇気を振り絞ったように緊張した声で、おそるおそる尋ねた。
「あの、私さっきカチューシャ探してる最中に稲辺から聞いたんだけど・・・今の時点で警察の考えている容疑者は神谷先生に絞られてるって、本当なの?」
「・・・ああ、そりゃまぁ・・・そうでしょうね。俺は警察じゃないのではっきりとは知りませんが、おそらく。」
 梢の家族ではない、ただの無愛想な雇われ医者である神谷のことに彼女があまりに心配そうな様子をしているのを意外に感じながら、蔵馬は慎重な口振りで答えた。
 彼を心配している梢の手前、蔵馬はあえて断定まではしなかったが・・・実際には警察は神谷で決まりだと考えているのだろう。証拠さえ見つかればすぐにでも逮捕するつもりに違いない。どう見ても状況は彼に不利だった。
「ダイニングにいた稲辺さんと樹さんが犯行推定時刻に仙水さんのいる離れを出入りしている神谷先生の姿を見ていますから、まず確実でしょう。おふたりの話ではあのとき他にあの離れを出入りした人間はひとりもいないそうです。つまり犯行が可能だったのは神谷先生ひとりだけだったというわけで・・・。」
「ちょっと待って、そんなの乱暴よ! 神谷先生がやったっていう証拠でもあるの?」
 梢はあからさまな怒り顔で噛み付くように言った。
「いえ、それはまだです。ただ、神谷先生には今夜も警察の見張りがつくようですし、きっと捜査が進むうちにいくつか決定的な証拠なんかも見つかって、間もなくお決まりの逮捕状が出るでしょう。」
「た、逮捕状!?」
 梢は怯えたような悲鳴をあげた。
「はい。ただ・・・。」
 蔵馬は視線を宙にさまよわせ、無造作に唇を指でトントンと叩いた。 
「・・・その神谷先生らしくないあまりに無計画な犯行方法に、俺としては少々腑に落ちない点があるのは確かです。また動機の面では明らかに不十分ですよね、言うまでもなく。神谷先生が仙水さんを殺す動機が現時点ではひとつも見つかりません。もちろん隠された動機があるのかもしれませんが、想像がつきませんね。」
 蔵馬はじっと考え込むように眉間に皺を寄せた。
「神谷先生が変わり者だから普通の人間の思いもよらないような些細な動機で殺人を犯してしまった・・・だなんて、そんな乱暴な理屈だけで済ませてしまって果たしていいものでしょうか。・・・以上の理由から、俺としてはまだもう少し調査していく必要があると考えています。せめて動機くらいは見極めてからじゃないと、実際の逮捕に踏み切るべきではないんじゃないかと。」
「ええ、納得のいく事件解決のためにこれまで以上の調査が不可欠でしょう。でも・・・。」
 梢の声が震えた。
「犯人は神谷先生じゃありません! 絶対に違います!」
 蔵馬はチラリと驚いたような視線を梢に向けた。
「・・・梢さんはどうしてそう思うんですか? 犯行当時の状況からいって、神谷先生以外の人間を犯人と考えるほうが普通は困難だと俺は思うのですが。」
 鋭く尋ねた蔵馬に、梢は激しい調子で言い返した。
「だって、神谷先生は誰かを殺すような人じゃないからよ! あの方は親切な、仕事熱心でいいお医者様です! いつも私に優しく接してくれるし、どんなときも頼りになって、とても紳士的で・・・。」
 隣の飛影がゲッという表情を浮かべているのを素早く目の端で捉えながら、蔵馬は相手の気を落ち着かせるような穏やかな口調で梢に話しかけた。
「でも梢さん、ひょっとしたら神谷先生にはこれまで梢さんが知っていたのとは違う裏の顔があるかもしれませんよ? 梢さんは医師として仕事をしている最中の、いわば素の自分を隠していいお医者様を演じている神谷先生しか知らないんじゃないですか? 本当の神谷先生は梢さんが思っているようにいい人でも、優しくもないのかもしれません。」
「そんなことないわ!! ここでは私が誰より神谷先生のことを知っているはずよ!! 神谷先生は素敵な方です!! あの方が犯人なはずありません!!」
「しかし・・・。」
 コホンと蔵馬は咳払いをした。
「神谷先生が犯人じゃないとすると、あなたや弟の樹さん、使用人の稲辺さん、それに秘書の田中さんとモデルの裕也君・・・事件のあったときこの家にいたそれらの方々のうちの誰かが犯人になってしまうんですよ。愛さんや刃霧君、天沼君と見習いマネージャーの御手洗君はあのときこの家にいなかったので、まぁ候補から除外してもいいでしょう。つまり梢さん、あなたにとって神谷先生以上に身近で大切な存在の方々、たとえば樹さんや稲辺さんが犯人になる可能性があるわけです。それでもいいんですか?」
「もちろんそれは困りますけど・・・でもだからって犯人が神谷先生でいいってことにはならないでしょ? 状況が神谷先生に不利だとみんなおっしゃいますが、それは誰かが神谷先生に罪を着せようとしているからです。もしくは偶然、神谷先生が困った状況に運悪く陥ってしまったか・・・。とにかく私にはわかるんです、神谷先生は絶対に潔白です。探偵さん、お願いですから早く真犯人を見つけて、神谷先生をこの恐ろしい窮地から救ってあげてください。」
 梢は車椅子の中の華奢な長身を折って、蔵馬に対し深々と頭を下げた。
「はい・・・わかりました。梢さんがそこまで言うなら。この厳しい状況でどこまでできるのかわかりませんが、俺にできる限り精一杯頑張ります。」
 どうして梢はあの神谷のことをそこまで高く買っているのかと訝しく思いつつ、蔵馬は適当な返事をして急いでその場を立ち去った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ