そのまんま飛躯二次創作

□2.少女
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 全ての女性は少女を内に秘めている。

 ・・・ああ、今回は疲れた。躯は部屋で横たわった。泊まりで3日間、魔界の首脳会議だった。細かい数字、難解な法律用語、座り心地の悪い椅子、そして黄泉の延々と続く退屈な長話・・・そういったものに悩まされ続けた。政治には全く興味がないが、百足を率いて魔界のトップのひとりである以上断れない。いつも勝手気ままにやっているので、ああいう堅苦しいのはどうも駄目だ。まったく黄泉の野郎、威厳とか礼儀とかくだらんことにいちいちうるさい。しかも何でも慎重に細かくきっちり決めなければ気が済まないらしい。あんな長い会議、死ぬかと思った。もううんざりだ。

 ・・・俺はそんなつもりじゃなかったんだけどな。高い天井を見上げ彼女は思う。生きる為に戦い続けた結果、頂上に立った。虐げられてきたからこそ必死だったのが功を奏したのか・・・。でもこんなふうに、魔界の政治を牛耳りたいとか思ったことはなかった。自分のことで精一杯だったのだ。会議だの政治だの、性に合わない。今は無理に義務を果たしているが、それでいつも精神的にひどく疲れてしまう。・・・早く眠りたい。頭がズキズキと痛んだ。

 ふと気配に気づき振り返ると、いつものように勝手に入ってきた飛影が立っていた。彼は気遣うような表情をしていたが、今の躯にはそれに気づく余裕はなかった。彼女はくたくたで、機嫌が悪かった。一瞥を与えただけですぐに背を向け、冷たく言い放った。
「何か用か。俺は会議で疲れてる。勝手に部屋に入るな。とっとと出てってくれ。」
「・・・すまなかった。」
 彼は出て行こうとしたが、その時小さな音がした。振り返って見ると、サイドテーブルに白いカップが置かれていた。
 驚いて彼を見やると、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。一瞬目が合ったが、すぐ出て行ってしまった。
 カップを手にとると、温かいコーヒーが彼女の手を温めた。そっと一口すすると、やっといつもの自分に戻れた気がして少し微笑んだ。
 あいつに礼を言えば良かった、と彼女は思った。さっき疲れ果てて百足に帰ってきたとき、飛影とすれ違ったのを思い出した。それであいつ・・・。彼女の心をあたたかいものが満たした。それが何なのかはわからない。彼女は長い年月を生きてきたし、世の中のことは何だって知っている気になっていた。けれど肝心の自分について、知らないことが多かった。

 目が覚めて鏡を見ると、半身が焼け爛れて機械化された、誇り高い魔界の女王が映った。化粧気がなく、髪も服装も男のようで素っ気無いが、人を圧倒する威厳が漂っている。百足にいる兵士達、さらに今は魔界の住人達に対して、彼女は今トップとして責任を負っていた。自分のことで精一杯なのに、なぜこの俺が?
 うっすらと、もうひとりの自分を感じる。虐げられ傷ついた、長い髪の幼い少女。艶かしい黒いレースのキャミソールドレスを着て、化粧を施されていた。大人の女性のような真っ赤な口紅が痛々しい。彼女はガリガリに痩せ細っていたが、驚くほど美しかった。生と自由への執着と希望が、彼女を強く輝かせていた。だが同時に、今にも折れてしまいそうな脆さが感じられた。悲しい目をしていた。
 もう大人になって、信じられないほど長い年月が過ぎた。でも彼女はいつも自分の中にいる。自分は彼女に支配されている。
 その少女は孤独を好む。近しい人に傷つけられてきたから。
 その少女は力を好む。虐げられてきたから。
 その少女は強がってばかりいる。本当はとても弱いのに。
 
 しまいこんだまま忘れかけていた口紅を手に取った。大昔に貢物に紛れ込んでいたものだった。すぐ捨ててしまおうと思ったのに、なぜか取って置いた。これを目にするのはその時以来になる。容器を回してみると、少し中身の紅が繰り出てきた。毒々しいほどに真っ赤な色だった。よく棗がこんな色の口紅をつけている。そして彼女自身、こんな色を幼いころに塗られていた。父の好みに装わされるときに。苦い思い出が頭をよぎったが、そのまま唇にすべらせた。
 鏡を覗き込むと、自分とは全く違う女がいた。もちろん例の少女とは似ても似つかない。真っ赤な唇が、彼女の抜けるように白い肌と色素の薄い髪によく映えた。美しく妖艶な大人の女だった。
「フッ・・・。」
 ひどく滑稽に見えて、彼女は小さく笑った。あまりに自分らしくなかった。
 ゆっくりと、真っ赤な紅を唇から拭った。また元の場所へしまった。

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