パラレル飛躯二次創作

□ブラック・ロック・モード
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 その日俺はツェッペリンを大音量で流しながら車を走らせていた。ロックがあれば俺は満足だった。現実は、絶望、不条理、憎しみ、退屈、暴力、裏切り・・・そんなもので満ちている。美しいもの、心を沸き立たせるもの、満足を与えてくれるものなどありはしない。だけどロックにはそれらすべてがある。ロックがあるから俺はこの汚い腐った世界で生きていける。

 夕暮れの郊外の川沿いを走っていると、突然妙な光景が目に飛び込んだ。橋に近い川の中央で幼い子供が溺れかけ、必死で手をバタつかせていた。子供がどんなに足掻いてもみるみる体は沈んでいく。俺は慌てて車を止めた。
 その時橋の上にひとりの少年が現れた。少年は子供が溺れているのを見るとすぐさま当たり前のように躊躇なくひらりと橋をまたぎ、そのままザブンと川に飛び降りた。高さ10メートルはある橋から、だ。俺が駆けつけたとき既にふたりは息も絶え絶えで川辺に横たわっていた。
 救助に向かったほうの少年は近くで見ると、小柄だが少年というよりは青年と呼べる年齢のようだった。硬い黒髪がべったり濡れて光り、浅黒い肌に張り付いていた。珍しいくらい大きな目は今は固く閉じられている。大きな目とアンバランスな小さな鼻と口が幼い。擦り切れた黒のTシャツとデニムはぐっしょり濡れていた。呼吸は苦しそうにしているが、それ以外はこれといって大したことないようだ。
 溺れていた子供も幸い無事で、俺が介抱していると母親が血相変えて飛んできて連れて帰っていった。それで俺は青年の方に向かった。
「おい、大丈夫か?お前。」
「・・・ああ。」
 その男はあおむけになり宙を仰いだまま、低い声でぶっきらぼうに答えた。やっとうっすら開けた目は、憎らしいほど鋭くて吸い込まれそうだった。
「よくあんなとこから飛び込んだなお前。自分の目が信じられなかったぜ。あんなことしてたら命がいくつあっても足りない。」
「・・・むしろ死ねたらラッキーと思ってたからな。」
 あっさりとそんな答えをされたので、俺は眉をひそめた。
「馬鹿なこと言うな。」
「事実だ。助けたいとかそんなんじゃなかった。こういう死に方もいいかもしれない、と思っただけだ。」
「くだらないな。」
「だろ?」
「死にたいと思うような何かがあったのか?」
「何もない。あえて言うなら何もないからだろう。」

 俺が子供を助けて岸に上がったとき、ひとりの若い男が駆けつけてきた。男はまず子供の介抱をし、次に俺のところへ来た。よく見ると男は一目見たら忘れられないほどのすさまじい美男子だった。陶器のような真っ白な肌で、小さな顔にはアーモンド型の挑発的な強い目が輝き、まるで美術品のごとく整った顔立ちだ。薄い色の短い髪が柔らかそうにサラサラと風にたなびいた。小柄で折れそうに細い体を、黒のシンプルなシャツ、ジャケット、パンツに包んでいた。白い肌と色素の薄い髪が黒尽くめの装いと合わさって、奇妙に魅惑的だった。男はなぜか裸足だった。艶のある声で少しけだるそうに話すのも、さぞかし多くの女が夢中になるのだろう。
 男はやたら俺に話し掛けてくる。こんな甘いルックスの気取った身なりをした男なのによくしゃべる。名は躯というらしい。女の腐ったような名前だ。俺はおしゃべりは嫌いな性質だが、この葬式野郎とはなぜか話しやすく、聞かれるままにくだらんことまでいろいろと話してしまった。
 男は俺をじっと見て言った。
「お前、気に入ったぜ。」
「・・・お前が俺の何を知ってる。」
「そうだな、確かに何も知らないが・・・わかるんだ。お前はロックだ。」
 ルックスは良くても頭はからっぽらしい。
「なにがロックだ、イカれてるのか。」
「ああ、すまん、わからんよな・・・。ロックってのはつまり、クールってことだ。」
「涼しいってことか。」
「いやホットってことだ・・・ああ、余計わかりづらいな。」
 こいつの頭がおかしいということしか俺にはわからなかったが、奴は立ち上がると言った。
「家まで送ってやる。」
「いや、いい。」
「お前がなんと言おうと絶対送ってくからな。」
 奴はそう言うと離れたところに転がっていた黒い靴を拾った。・・・それはヒール高ゆうに10センチ以上はあるだろう、厚底で真っ赤なソールの派手なハイヒールだった。俺はあまりのことに驚いてただただそのハイヒールを見つめた。奴は俺と変わらない身長のくせに、それを履くと俺より15センチは背が高くなった。奴は俺を見て笑った。
「あんまりヒールが高いんで驚いたんだろ?確かに見慣れない奴はみな驚くな。俺は仕事柄もう慣れてしまって、これ履いて走れるんだぜ。すごいだろ?さっきはさすがに脱いだけどな。歩きやすいんだぜ、ルブタン。」
 ・・・いや、そういうんじゃなくて。俺はおそるおそる尋ねた。
「・・・お前・・・ゲイなのか。」
 奴は吹き出した。
「なんだ、それで驚いてたのか。もちろんゲイじゃないぜ。」
 俺は奴を改めて観察した・・・奴の手足は小柄にしてもあまりに小さかった。肩幅も普通でないほどなかった。喉仏がなかった。
「・・・お前、おなべって奴か。」
「ふざけんな。」




 ・・・クソ。最悪だ。なんでこうなった?俺は今躯の勤めている会社でバイトをしていた。俺は一応大学生をやっているが、送金などしてくれる親ではなく常に金欠だった。正直食うものにも困っていた。もう1週間以上もやしと卵と米しか食ってなかった。というのも最近バイト先のラーメン屋でクソ店長と喧嘩して首になったばかりだ。それを聞いて躯は嬉しそうに笑った。
「なら俺のいる会社来いよ。今珍しく人手不足でさ、雑用係がいてくれたらありがたい。男手は重宝されるぜ。女ばかりで力仕事はみんな嫌がるからな。」
 しかしあろうことか奴の勤めている会社というのは出版社で、しかも奴はモード誌担当だった。俺にとってはとんでもない職場であるのは間違いない。奴は俺の着古したTシャツとデニムにさっと目を走らせて言った。
「誰もお前にファッション知識など求めないから安心しろ。簡単な雑用だし、春休みの間だけでもいい。」
 それでも俺は嫌だった。なにしろ俺は服に全く興味がないのはもちろん、やたら着飾った女が大の苦手なのだ。むしろ筋金入りの女嫌いだ。女はうるさくて馬鹿で見栄っ張りでわけがわからん。躯のことも女だと知って非常にショックだった。そうと知っていれば一言も交わさず逃げ出したのだが。こいつが男みたいな身なりをして男言葉を使うせいでこうなった。まぁでもこいつは俺の中では男だ。そういうことにして納得した。
 
 奴の強引さに負けたのと、あまりに金に困っていたのでついバイトを引き受けてしまった。どうせ暇だった。やりたいことも、やることもない。しかしここは想像以上に地獄だ。まず本当に見事に女だらけだ。女嫌いの俺にとってこれはキツい。しかもおとなしい女ならまだいいのだが、ここの女どもときたら気は強いわ派手だわ、おまけにプッツンだ。そのくらい躯を見て予想がついたろうに、俺も浅はかだった。そんなわけで俺は辛い日々を送っていた。その上ここの女どもは人遣いが荒い。特に躯。意外にも奴はだいぶお偉いさんらしかった。仕事の鬼で毎日バタバタと慌しく走り回っている。
 何度も躯に「やめさせてほしい」と訴えているが、奴は聞く耳を持たない。そりゃ奴にとっては俺はさぞかし便利な存在なんだろうが・・・散々こき使いやがって。
「俺はお前が気に入ってるからな。お前に傍にいてほしい。」
 バカ高いヒールを履いて偉そうに俺を見下ろす。
「それがわからん。俺とお前にはなにひとつ共通点が見出せない。」
「そうだな・・・。」
 奴は俺の顔を凝視した。ニタァと笑った。
「俺はお前を見てるとゾクゾクするんだ。」
 ・・・変態だ。


 俺の読みどおり、飛影はうちの職場でうまくやっていた。もちろん奴自身はここに不満いっぱいのようだが、傍目から見て奴はここに実におあつらえむきだ。気の強い女達には、奴のような小柄で寡黙で自己主張の少ないガキは最高に使いやすい。女嫌いなのも良かった。こんな女だらけの職場で恋愛沙汰なんて起こされてはかなわない。それに俺は奴が気に入っているから、奴と一緒にいられて素直に嬉しい。そういえばもうすぐ光也のツアーが始まる。今年は飛影と一緒に行きたいが、あいつはロック嫌いどころか完全な無趣味男だ。金がないし必要もないと、テレビもコンポも持っていない。あいつの部屋は見事に殺風景でベッドと小さな折りたたみテーブルしかなかった。ローリングストーンズさえ知らないというから気の毒な奴だ。そんなあいつがうんと言うか甚だ疑問だ。まぁいい、首根っこつかまえて引きずってけばいい。初めて聞く人はみな驚くが、ロックバンドのファビュラスの光也と俺はもうだいぶ長い付き合いだ。
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