パラレル飛躯二次創作

□LOVE IS SUICIDE
1ページ/4ページ

 あいつを初めて見かけたのは、大学に入学してまだ間もない4月下旬だった。マンモス校にしては珍しい少人数クラスである英語の最初の授業で、狭い教室にあいつが遅れて入ってきた。背が低くてバカでかい目の、幼いんだか恐いんだかよくわからない顔立ちの男。あいつの仏頂面を見た瞬間、ひどいショックを受けた。わかったんだ、その時。ああ、こいつだって。
 あいつをひと目見てすぐ覚悟は決まったが、慎重派の俺は一応二ヶ月間の観察期間をおいた。あいつはその風貌そのままの性格で、愛想が悪くクソ真面目、無口で頑固で口が悪い。ぶっきらぼうで人のことには、いやそれどころか自分のことにさえ無関心に見える。交友関係は限りなくゼロに近い。授業は全部出ていて、ノートもきちんととるし居眠りもしない。たまにほんの少し遅刻する。硬派な性質で全く女に興味がなさそうだ。めったに笑わず常にあの仏頂面で、いつもスカしてるくせに実は天然だ。細い体にTシャツにデニムの毎日同じような格好をしていて、服装にはまるで構わないらしい。
 俺はもうすっかり奴に夢中だった。俺の目から見てあいつはうっとりするほど完璧だ。自分の男の趣味なんて考えたこともなかったが、奴がそれに完全に合致していることは間違いない。あいつのことがとても好きだし、俺達は相性もいいはずだ。
 ただ、ひとつだけあいつには大きな問題点があった。・・・奴は度を超したシスコンだった。

 飛影があくびをかみ殺しながら英語の授業を受けていると、トントンと背中をこづかれた。振り向くとボーイッシュなショートヘアのものすごい美人が、ひどく真面目な顔で彼の目をじっと見て小さく折りたたんだメモ用紙を押し付けてきた。広げてみると「5時、図書館前」と丁寧な字で書いてあった。怪訝な顔でもう一度振り向いたが、彼女は知らん顔を決め込んでいた。授業が終わってから話し掛けようとしたのだが彼女はすごい勢いで教室を出て行ってしまい、彼は困ってしまった。
「5時に雪菜と待ち合わせして帰ることになってるんだが・・・。」

 5時15分、躯は図書館前で飛影を待っていた。本当は1時間前から待っていたいくらいの気持ちだったが、女がそんな早くから待ってるなんていくらなんでも格好悪いかと思って時間ぴったりに来た。なのに待てども待てども彼は来ない。40分待っても来なくて、いい加減泣きたくなってきた。彼に多少遅刻グセがあるのは知っているが、それにしてもひどすぎる。今日ついに告白するつもりで、昨晩は興奮して寝付けなかった。朝だって着る服に悩んで30分も鏡の前で着たり脱いだり繰り返した。悩んだ末いつものデニムショートパンツにいちばんお気に入りのTシャツにした。彼は服に構わないタイプだから、これくらいの方が好きかもしれないと思った。髪だっていつもより時間をかけて丁寧にセットした。なのに・・・。女に待ちぼうけ食わすなんて、なんて男だ。

 その時10メートル先の目の前を、飛影がやって来るのが見えた。目を疑った。彼の隣には小柄な彼と同じ背丈で長い髪の、とても可愛らしい可憐な美少女が微笑んでいた。清楚なシフォンのフリルワンピースを着て、嬉しそうに彼の腕にしがみついている。彼女が学内でも有名な、飛影とは全く似ていない可愛すぎる双子の妹だということは、躯はとうに知っていた。小さな鼻口と大きな目だけは似ていたが、その目だって兄の目つきの悪さに対し、妹の目は優しくてまるで子犬のようだ。飛影は躯と目が合うと、決まり悪そうに目をそらし、素知らぬ顔で通り過ぎようとした。躯は頭に血が上った。怒りに燃え拳骨を握り締めて彼の方にツカツカと歩み寄った。
「おい飛影、お前どういう気だよ。」
 飛影はすっかりどぎまぎしていた。
「いや、どういう気と言われても・・・お前いきなり過ぎるんだ。俺は先に雪菜と約束してたし・・・俺はそう伝えようとしたんだが、お前すごい勢いで教室出てっちまったじゃないか。」
「妹との約束くらい、ケータイで連絡とればどうとでもなるだろが。」
 飛影は隣でふたりの会話を不安そうに聞いている妹をちらりと見た。
「それじゃあ雪菜がかわいそうだろう。それに雪菜は約束を変更されるのが嫌いなんだ。」
 それまで黙って聞いていた雪菜がとうとう口を挟んだ。
「お兄様、この人知ってる人なの?どういう関係?」
「いや・・・ただ同じクラスというだけだ。」
 躯は頭に来て飛影の腕をぐいと引っ張った。
「とにかく用がある。さっさと来い!」
「おい待てよ、俺は雪菜と帰るんだ。」
「妹くらい待たせとけ!」
「すまない雪菜、すぐ戻る。」
 あっけにとられている雪菜を残して、躯は飛影を図書館の陰まで引っ張っていった。
「何だよ用って、さっさと済ませろ。」
「ああわかった、すぐ終わる。俺、お前のことが好きなんだ。付き合ってくれ。」
「・・・。」
 あまりに思いがけないことだったので飛影はぽかんと口を開けて瞬きも忘れていた。
「いやお前、それいきなり過ぎるだろ・・・。」
「いきなりで何が悪い。で、どうなんだ。付き合うのか付き合わないのか。」
 飛影はしばらくモジモジしていたが、やがてのろのろと答えた。
「それは・・・無理だと思う・・・。」
「無理だと思うって何だよ、何でだよ。」
「俺、彼女は作らないつもりだから・・・。」
「何で?」
「雪菜が・・・学生の間は付き合ったりするべきじゃないって言うんだ。」
 躯の頭の血管がプチンと切れた。
「このシスコン野郎!!!!」

 その日の夜、飛影が自分のベッドで寝付けないでいると、同じ部屋の隣のベッドに横になっていた雪菜が話し掛けてきた。ふたりは大学に入学してから、そう大きくもないワンルームのアパートでふたり暮らしをしていた。
「お兄様、あの人のこと考えてるの?」
「何のことだ。」
「躯さんのことよ。」
「名前知ってたのか。」
「もちろん。有名じゃない、あの人。すごく美人ですごくモテて、すごく変人だって。あんな男言葉で話して図々しくて、本当に乱暴で嫌な人ね。私、あの人嫌いよ。チャラチャラとだいぶ遊んでるに違いないわ。あんな人、お兄様が断ってくれて本当に良かったわ。」
 飛影が何も答えないでいるので、雪菜はさらに言いつのった。
「お兄様だってあんな人、嫌いでしょ?」
 飛影は気のない顔で答えた。
「・・・まぁな。」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ