オリジナル・その他

□レモン・インセスト
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 母が家を出て行ってもう6年になる。私が10歳のときだった。母はとてもきれいで魅力的な人で、そして抜群に潔い性格だった。「他に好きな人が出来た」、それだけ言って荷物もほとんど持たず出て行った。子供の私の知らないところでいつの間にか離婚も成立し、ママはすぐに別の人と再婚した。今では母と私はごくたまに電話したり会ったりするだけだ。高校1年になった私は、同じ一軒家でパパとふたり暮らしをしている。

「カスミ、俺のお気に入りの帽子見なかったか?」
 朝の登校前の忙しい時間にのんびりとパパが尋ねてくる。パパは作家で、といっても猥褻な成人向け小説ばかり書いていて、毎日家でゴロゴロしてるか外を遊び歩いている暇人だ。毎晩大酒を飲んで寝て、起きたら起きたで健康の心配など一切せず一日中スパスパとタバコ漬けのヘビースモーカー。収入はきちんとあるから生活は十分出来ていて文句は言えないけど。
「こないだソファの上に転がしてあったから、パパのクローゼットのいつもの場所にしまっておいた。」
 私が答えるとパパはいやらしいウィンクを返す。
「さすがカスミだな。」
 好色な雑誌が山と積まれたパパの部屋に入るのも私は本当は嫌でたまらないのだ、しっかりしてほしい。げんなりしつつ、私は身支度するため洗面所の鏡の前に立った。鏡に映る私。ちっとも可愛くない。まるで泣き出しそうな寂しい地味な顔で、どのパーツも小さくぱっとしない。もっと生き生きして可愛らしい顔なら良かったのに。そう、ママみたいに。私のママは大輪の薔薇のように華やかな女性だ。私は背が不必要なほど高くて、ガリガリの痩せっぽちで手足は棒切れみたいで、もう16なのに胸はぺたんこでまるで男の子。
「カスミ、今日もすごくきれいだぞ。」
 後ろの廊下を通り過ぎたパパに陽気な口笛を吹かれ、どうしようもなくムシャクシャした。ちなみに私はパパにも全く似ていない。パパは私とは正反対で顔のどのパーツもすべて大きくやたら派手な顔だ。目はギョロ目で鼻は目立つし唇も分厚い。決してハンサムではなくて、日に焼けた肌も手伝いどちらかというと悪人顔だ。なのにこんなパパがびっくりするほどモテる。おかげでパパはすっかり色男気取りで毎日遊びまわっている。ママには逃げられたくせに、まったくうんざりする。パパはいつも違う女の人を連れている。若くてきれいな人ばかり、とっかえひっかえするから名前を覚える暇もない。
 私が細く柔らかなロングヘアを低い位置でひとつに結っていると、パパがまた顔を出した。
「カスミ、今度の日曜一緒に映画に行かないか。」
「絶対いや。」
 私は強い口調で即答した。パパは映画好きで、私は幼い頃からしょっちゅう一緒に映画に連れて行かれている。だけど年頃になるにつれ、私はそれが苦痛になってきた。なぜならパパの好んで観る映画というのは大概大人向きのシーンが含まれていて、それをにやにや笑いながら目を凝らして観るパパの隣に座っているのが耐えられない。パパは娘の気持ちなんてちっとも考えてくれない。
「そうか、残念だな。じゃ・・・コンサートに行かないか。」
「それならいいわ。」
 パパはシャンソン好きで、時々コンサートにも行く。ほとんどは私も一緒に行く。シャンソンは素敵。
 パパのことは大嫌いなのに、気付けば私はいつもパパと週末を過ごしている。
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