オリジナル・その他

□THE BLUE SKY
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「汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる
 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる」
 中原中也の詩が13歳の私の心に心地よく響き、私は恍惚とする。
 私の空はこんなにもどんよりと曇り空だけど、あなたの言葉は晴れ晴れとどこまでも青くすがすがしい。 

 13歳の私は毎日勉強に追われている。授業はひと言も漏らさず真剣に聞きノートをしっかりとり、授業毎の予習復習を欠かさず、毎晩遅くまで起きて難しい問題集に必死で取り組む。学年順位は常に二番。決して頭の良くない努力型の私にはこれが精一杯なのだと自分でもわかっている。
 どうしてこんなに勉強するのか、自分でもわからない。ただ、勉強に向いていないわけではないから、他にしたいことがあるわけでもないから、したほうが将来の自分のためになるから、そんなとこ。あとは自分のプライドのため、自分の存在を確認するため。
 勉強に疲れて何もかも嫌になると、私は中原中也の詩集を開く。去年の誕生日、叔母にもらった詩集。彼はもうずっと昔の時代の人で、しかも大人の男の人、私とは全く違う世界に住んでる人。なのに彼の言葉は、まるで私の中から出てきた言葉みたい。彼の言葉は私の心をすべて見透かしているみたい。私の代わりにしゃべってくれているみたい。こんなことってあるのだろうか。不思議。すっごく不思議。
 ページを開くと、いつもあなたが優しく話しかけてくれる。私はすべてを忘れて、あなたの言葉だけに耳をすます。あなたはそんなにナイーブで、どうして生きていけたのか。

 夏の体育のプールの授業で、クラスメートの女子が私の不恰好なスクール水着姿を見て顔をしかめた。
「なんで毛の処理してないの?ちゃんと剃りなよ、恥ずかしい。」
 えっ?と思い私は自分の脇、脚、腕、と彼女のそれを比べた。・・・ああ、なるほど。
 私は家に帰ると一目散に浴室に向かい、母の剃刀を手にとった。刀を腕に当てて滑らせ、初めて腕の毛を剃ってみた。不器用な私には難しくて刃で肌を傷つけてしまい、真っ赤な血がポタポタと滴り落ちた。

 どうにも心が曇るのだ、自分が何者かわからなくて。自分という存在を、どう認識したらいいのか、どう受け止めたらいいのか、私にはさっぱりわからない。もちろんそんなことは誰にも言えなくて、私はそれを自分の心の中にしまったままにしている。真っ白な頭の中で、私は中原中也の詩を何度も口ずさむ。
「汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる
 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる」
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