オリジナル・その他

□HELPLESS
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 40歳の誕生日、俺は死のうと思った。長年役者を目指して芝居の道を邁進してきたが、俺ははっきり言ってブサイクな汚いオッサンで、背が高いわけでもなく、腹もだいぶ出てきた。演技力には多少自信はあるが、俺と同じレベルの奴なんて腐るほどいる。どうにも芽が出るきざしはない。なのに諦め悪く今まで芝居にしがみついてきた。俺はこれでも芝居は大好きだった。何も取り柄のない俺が、生まれて初めて本気でやりたいと思ったのが芝居だった。
 劇団でつまらない脇役をやる他は、毎日ティッシュ配りに励んでいる。公演の日程や急な芝居の仕事が入ることもあって、普通の仕事やバイトは難しい。くたびれたオッサンの配るティッシュなんて誰ももらってくれない。精神的にキツい仕事だが他に出来る仕事も少ないから仕方ない。
 昨日の誕生日、俺は冷たい雨が降りしきる中、けばけばしいピンクのレインコートを着て、寒さに震える手で通行人にティッシュを差し出して1日過ごした。いい歳してまるでマッチ売りの少女だった。いや、マッチ売りのオヤジ、違うな、ティッシュ配りのオヤジ。そのままか。とにかくそんな惨めな俺に通行人は皆一瞥もくれず、女子高校生達は「キモイ」と受け取ったティッシュを俺に投げつけた。悪ガキ小学生軍団には唾を吐かれた。大量に残ったティッシュを見て、依頼主のコンタクトレンズ店の若い女性店員は散々俺を罵倒しあざ笑った。
 上京して22年になるが、田舎の家族とはもうずっと会ってない。最後に会ったのは10年前の妹の結婚式か。いつまでも夢にしがみついて悪あがきを続ける俺を家族も親戚もみな冷たい目で見て陰口を叩いた。そりゃそうだろう、それが当たり前だってことくらい俺にもわかる。
 同世代の友人達の多くは芝居の道を諦めて去っていった。いくら努力しても、所属する劇団では若い二枚目大根役者に役を奪われ、俺の出番はほとんどない。恋人はもう10年間いない。長年つきあっていた当時の彼女は、10年前突然俺を捨てて公務員と電撃結婚した。ショックから立ち直るのに時間がかかり、またもともとモテないこともあって、それからずっとひとりだ。
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