美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□漫画家殺人事件 <美男子探偵蔵馬>
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 その朝、住み込み料理人飛影は体調を崩した家政婦の妹、雪菜の代わりに雇い主の大漫画家、トガワ氏を起こしに主人の寝室に入った。
「おい、起きろ、クソ漫画家。」
 全く無反応なのに苛立って荒々しく布団を剥ぐと、天才漫画家は既にベッドの上で安らかに息絶えていた。

 5時間後、担当編集者幽助の友人である長身長髪の美男子探偵蔵馬が駆けつけると、大きな居間に家中の者が集まり、皆一様に暗い面持ちをしていた。
「蔵馬さん、お待ちしていましたよ。それにしてもびっくりするほど豪華なお屋敷ですね。被害者は大した売れっ子だったんですな、私は漫画を読まないので名前も知りませんでしたが。」
 大柄な刑事の桑原が早速彼を出迎えた。彼もまた蔵馬の知人であった。
「お久しぶりです、桑原君。ええ、故人は単行本はバカ売れするし、作品はすべてアニメ化されて大ヒットするしで、超売れっ子の大変な大金持ちでしたよ。まさにカリスマ、巨匠でしたね。」
「よう、蔵馬。いやほんと参っててさ、なんてったって先生はうちの看板漫画家だったろ?ダメージは計り知れないよな。先生は確かに性格は問題大アリだけど間違いなく超天才でなぁ。どんなに仕事しなくても、どんな落書き状態で雑誌掲載しても、どんだけ休載長引いても、S社にとって先生はふたりとない超VIPだったよ。」
 お調子者の担当、幽助は、そうは言いながらも特にショックを受けた様子は見られなかった。
「お悔やみ申し上げます。ところで申し訳ありませんが早速、殺しの状況を教えて頂けませんか。第一発見者は料理人の飛影でしたよね?」
 名前を呼ばれてチビの料理人、飛影は顔を上げ、喧嘩を売るように蔵馬を睨みつけた。
「ああ、気を悪くしないで下さい。第一発見者だからってすぐ疑うようなことは俺はしませんから。」
 蔵馬は彼に向かって女性と見紛うような美貌でにっこり優美に微笑んだ。それは彼ご自慢の超極上キラースマイルだったが、飛影には全くどうでもいいことだった。
「フン。俺が朝あの愚図を叩き起こそうとしたら奴はもうベッドの上で死んでいた。それだけだ。」
「何か他に変わった様子はありませんでした?」
「何もなかった。俺は布団を剥ぐまで奴が死んでいることにさえ気付かなかった。」
 飛影は吐き捨てるように言ってそっぽを向いた。
「わかりました。先生は真夜中に刺殺されたそうですね?」
 刑事桑原がうなずいた。
「ええ、眠っている間に先の鋭いナイフのようなもので心臓をグサリとひと突きされたものと思われますが、凶器はまだ見つかっていません。死亡推定時刻は深夜11時から1時の間位です。ベッドとその周りには派手に血が飛び散っていてぞっとしましたよ。」
「恐ろしい光景だったでしょうね。もう現場は片付けられましたか?」
「もちろんです、あんなおぞましい状態のままにはしておけませんからね。」
「そりゃそうでしょう。ところで関係者はここにいらっしゃる方で全員ですか?」
 蔵馬はぐるりと部屋を見渡した。大きな居間には、蔵馬、桑原、幽助、飛影の他には、美人秘書の蛍子がいるだけだった。
「あとは飛影の妹で家政婦の雪菜さんがいます。彼女は現在体調を崩していて自室で休んでいます。このショックで容態が悪化しないといいのですが・・・。」
 気遣うように桑原が答えた。
「それは心配ですね。昨夜最後に被害者と会ったのはどなたですか?」
「私です。」
 凛とした声ではきはきと秘書の蛍子が答えた。
「新しいアニメ化の話があって最近立てこんでまして・・・夜10時頃、細かい打ち合わせをしました。」
「確か蛍子さんも飛影も雪菜さんも皆ここに住み込みでしたよね?24時間お仕事では大変ですね。」
「ええ、でも先生は時間を気になさらない方でしたから仕方ないんです。それに私達は仕事に見合うだけの十分な報酬を頂いていました。」
 蛍子は聡明な表情で微笑んだ。
「最後に会われた時、先生の様子にお変わりはありませんでしたか?」
「そうですね、別段お変わりなかったと思います。」
「最近先生は何かトラブルや思い悩んでいることは・・・?」
「休載についてはもちろんあれこれ言われておりますが、もう周りもお手上げ状態で今さらですし、正直申しますと、先生は毎日ゲームに夢中で、のんびりと自由気ままに楽しく過ごされていました。」
「幽助、飛影、雪菜さん、そしてあなたの4人と先生とのご関係は良好でしたか?」
「はい、私共はあまり互いに干渉しない主義ですので、とても平和でした。」
 桑原が真剣な顔で蔵馬を見つめた。
「しかし容疑者は関係者のみとは限らないでしょう、外部の者の犯行という可能性も捨てきれないですよ。なにしろこんな立派なお屋敷ですから金銭目的の線は濃厚と思われます。」
「ええ、ただこのお屋敷のセキュリティは過剰なほど厳重なようですからね。屋敷の周りを高く堅牢な塀がぐるりとはりめぐらされていて外部から侵入するのは容易ではありません。それに門、塀の数箇所、玄関、裏口、1階窓、すべてに監視カメラがつけられていますね。」
「ああ、それはS社がつけたんだ。」
 S社の編集者の幽助が横から口を挟んだ。
「なにしろ先生は敵が多かったからなぁ。しょっちゅうトラブルを起こしているから個人的に恨みを持ってる奴なんて掃いて捨てるほどいるぜ。しかもうなるほど金は持ってるから、そっちの警戒もしなきゃならない。おまけに先生はひどい休載癖で日本中のファンを敵に回してるといっても過言じゃないな。」
「・・・ということは、容疑者は日本中にそれこそ無数にいるというわけですね。」
 蔵馬は考え込みながら言った。幽助はさらに続けた。
「それともうひとつ監視カメラには理由がある。先生の逃亡防止だ。」
「・・・ああ、なるほど。」
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