美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□変態鴉殺人事件 前編 <美男子探偵蔵馬2>
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 前回の漫画家殺人事件の後、美男子探偵蔵馬の探偵事務所に新しい顔が加わった。通いの料理人兼助手の飛影だ。
「今まで何でもかんでもひとりでやってましたからね、あなたが来てくれて大助かりですよ。あなたの作る料理はどれもこれも非常に美味ですし、おかげさまで寂しい独り身の食事が一気に豪勢になりました。」
 長い脚を組んでロッキングチェアに深々と腰かけ優美な笑みを浮かべた蔵馬は、忙しく手紙をより分けている最中の飛影に話しかけた。だがいつもと変わらず、ものの見事に無視された。しかし実のところ彼は相手の返事など求めてはいないので、この新しい相方の無愛想で無口なところを好ましくさえ思っていた。
 チビの飛影はといえば、この新しい主人の何もかもが気に入らず、特に女のように長い髪、彼をはるか高いところから見下ろす長身、そして人を小馬鹿にした嫌味な態度を苦々しく思っていた。だがボンボン育ちの蔵馬は金銭感覚がズレていて大変気前が良く、新しい仕事はその楽さに比べて驚くほど高給だった。また飛影の料理をとても高く買ってくれ、常にひとかけらも残さず食べてくれるのも、実は内心嬉しく思っていた。
「とりわけ昨晩のビーフ・ストロガノフは素晴らしかった。デザートのレモンタルトも最高でした。」
 蔵馬は思い出しながらうっとりと口にした。
「ああ、あれは俺の自信作だ。」
 そう答えて飛影も少し機嫌を良くした。
「シャーロック・ホームズにはワトソン、エルキュール・ポワロにはヘイスティングズ。」
 これらの名前を聞いたこともない飛影の返事がないのもお構いなしで、蔵馬は飛影には理解不能な会話を満足げに続けた。
「名探偵にはこういった助手が必要なんです。わかりますか?」
 蔵馬はにっこりと飛影に微笑みかけた。尋ねられてようやく飛影は生真面目な顔で答えた。
「いや、俺にはお前の言ってることがひと言も理解できない。」
「そうでしょうね。ではあなたにもわかるように、親切に説明しましょうか。一流の探偵はですね、優秀な助手など必要としていないのです。彼に必要なのは、100%信頼できる実直でクソ真面目な人柄で、彼の長い話を黙って忍耐強く聞いてくれ、ときに相槌を打ち、ときに彼の才能に驚き賞賛する、そんな聞き上手の安心できる女房役です。変に自己主張したりする人ではいけません、おとなしくて、地味で、頭の回転が少々遅くなくてはいけません。そういう人物こそが、名探偵に自信を与えてくれ、彼の力を十二分に引き出してくれるのです。」
 目を輝かせて得々と語る蔵馬を、飛影は呆れたような目で見た。
「・・・要するに、俺が馬鹿だと言いたいのか。」
 蔵馬は慌てて手を振った。
「まさか!そんなわけないでしょう!!馬鹿すぎても足手まといです、程々でないと。それにむしろ俺はあなたのそういうところが素晴らしいと・・・」
「もういい。それ以上言うといくら雇い主でもぶっ殺すぞ。」
 勢いよく椅子から立ち上がり、飛影は部屋を出て行った。
「やれやれ、つれないお人だ。」
 小声でつぶやいて蔵馬は肩をすくめた。
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