美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□桃色ナース殺人事件 前編 <美男子探偵蔵馬4>
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「1ヵ月後の土曜の夕食、作って置いとくのでもいいか。」
 探偵事務所で助手兼料理人の飛影に尋ねられた美男子探偵蔵馬は眉をひそめ怪訝な顔をした。
「別にいいですけど、どこか出かけるんですか。どうせまたあの女の差し金でしょう。」
「躯の先輩弁護士がホームパーティーをするから、俺に料理係をしてもらえないかと言っている。」
「そんなのレストランやバーでやればいいのに。あなた躯にいいように顎で使われてません?」
「じゃあ、1ヶ月後。すまんな。」
 さっさと帰っていく飛影に、蔵馬は拳を固く握り締めた。
「調子に乗りおって、あの女・・・!」

「いやぁ、話には聞いてたけどほんとに料理上手だねぇ、君の彼氏!」
 躯の先輩弁護士で、背が高く眼鏡をかけた30代半ばの優しそうな顔の男、重野は満足そうにニコニコ笑って言った。重野の自宅である高級マンションの一室で開かれたパーティーは、弁護士仲間ばかり5人が集まり、美味しい料理に話も弾んで和やかに進められていた。
「ええ、まぁ。」
 躯はぎこちなく答えるとカウンターの向こうのキッチンで忙しそうに働く飛影に心配そうに目をやった。
「こんなにたくさんの食事を準備するのは大変だろうね。妹を手伝いに呼んでおいて良かったよ。」
「・・・はぁ。」
 それが余計だったんだよ!!と内心叫んだ躯は怒りで爆発寸前だった。重野の妹が手伝いに来るとは聞いていたが、重野と同じタイプの、地味で穏やかな女だと勝手に思いこんでいた。まさかあんなケバい女が来るとは・・・。
 その女、瑠架は今飛影の隣で楽しそうに彼の手伝いをしていたが、ロングヘアにグラビアアイドル並みの豊満な砂時計ボディのセクシー美女だった。露出の多いぴったりしたミニドレスが見事な曲線美を際立たせていた。とろけるように色っぽい表情とけだるいハスキーな声がいつも男を誘っているように見え、しかもまだ22歳の新人ナースだ!!彼女はさっきからしきりに飛影に流し目をおくってはベタベタとさりげないボディタッチを繰り返していた。
 気が気じゃなくてせっかくのご馳走もちっとも喉を通らない。落ち着かないので躯はさっきから何度もキッチンとダイニングの間を行ったり来たりしていた。またキッチンの様子を見てこよう、躯は席を立った。
「飛影、調子はどうだ?」
 躯が声をかけると飛影が仏頂面で振り返った。
「今、この女がヘマしやがって、こっちは後始末で苦労させられている。俺ひとりのがよっぽどマシだ。」
 躯がいまいましげに瑠架を睨むと、瑠架は妖艶に微笑んで頬にかかる前髪をふんわり掻きあげた。
「ごめんなさい、私、飛影君みたいにテキパキ動けないの。低血圧なのよ。」
 飛影君、って何だよ!!躯は怒りに震えたが、先輩の妹だと思うと怒りをぶつけるわけにはいかなかった。
「あなたの年下の彼氏、素敵ねぇ。私もこんな料理上手な彼氏が欲しいわ。」
 瑠架は飛影の顔をうっとりと見つめ、彼の肩に指先をすっと滑らせた。飛影が動くより先に躯が瑠架の手を払いのけた。
「いい加減にしろ。いくら先輩の妹だからって容赦しないぞ。」
 顔色を変えた躯を見て、瑠架はクスクス笑った。
「そんな怖い顔しないでよ。大丈夫、何もしないわ。」
 躯がキッと飛影に向き直ると、飛影はあきれた顔で躯を見た。
「なにムキになってるんだ。さっきからお前、何度キッチンに顔出してる?俺も忙しいんだ、いちいち邪魔しないでくれ。」
 泣きたいような気持ちで躯は自分の席に戻り、ふとキッチンのほうを見ると、瑠架が飛影にぴったり体をくっつけ、今度は彼の頬についた生クリームを指先で拭ってやっていた。
「おい、やめろ!!」
 躯が大声で叫んで立ち上がったので、場はシンと静まりかえり、みんな躯を見た。躯は顔を真っ赤にして瑠架を睨んでいた。
「俺はちょっと外すから、お前は他の奴らと食事してろ。」
 瑠架にそう言って、飛影はキッチンからダイニングに回りこむと、躯の腕を掴んで廊下に出た。
「躯、お前、どうかしてるぞ。」
「・・・お前が悪い。あんな女といちゃついて。」
「馬鹿言うな。いつ俺が・・・」
「お前、やたらとあの女に話しかけてたじゃないか。俺、見てたんだからな。」
「あれはあの女がヘタクソすぎて見てられなくて手出しただけだ。」
「お前がそんな男だとは思わなかった!」
「俺はあんな女全然趣味じゃない!」
「よく言うよ!」
 飛影は困った顔で躯を見た。
「・・・躯。」
 躯は険しい顔つきで目を伏せて答えようともしない。飛影はしばらく悲しそうに彼女の顔を覗き込んでいたが、突然すっと顔を近づけて唇を重ねた。数秒後、ゆっくりと顔を離した飛影は、幼い子供に言って聞かすような口調で躯に話しかけた。
「大丈夫だ。わかったな?」
 飛影の目をじっと見つめながら躯は小声で答えた。
「・・・ああ。」
 飛影はようやく笑顔を見せた。
「これから片付けに入るから、もう邪魔すんなよ。」
「わかった。じゃあ俺、自分の席に戻るから・・・」
 その時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえて、ふたりは慌ててダイニングに入った。
「どうした!?」
 躯が尋ねると、躯の先輩弁護士の颯爽とした30代女性、永田が怯えた顔で答えた。
「・・・瑠架さんが・・・」
 ふたりが瑠架の席を見ると、介抱している重野の腕の中に、全身に汗をにじませ小刻みに痙攣し、真っ青な顔で腹をおさえる瑠架の姿があった。
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