美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□モデル系ホモカップル殺人事件 中編<美男子探偵蔵馬5>
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 それから引き続き30分ほどファミレスで愛とじっくり彼女の気が済むまで話し込んでから別れた蔵馬は、そのファミレスからたった徒歩数分のご近所にある樹の家へ戻った。
「いやぁ、さすがの俺も参りましたよ。愛さんのパワーに圧倒されました。」
 げっそりと疲れた顔で戻ってきた蔵馬は、モデル事務所も兼ねた広い樹の家の1階にある、堂々と豪華すぎるほどの調度に囲まれた居心地の良いリビングで彼の帰りを待っていた飛影、梢、稲辺の3人と一緒になって、さっそくソファに掛け話し始めた。
「死んだ仙水さんに対するあの愛さんの情熱の激しさには・・・いや、あれはもはや情熱と言うより執念と言ったほうがいいかな、あの恐ろしいくらいのすさまじさには普段からいろいろな人の話を聞き慣れている俺も、完全にお手上げでした。しかもその情熱的な恋愛っていうのがいくら努力してもまったく報われない一方的な片思いだったというのが、いじらしいを通り越してなんとも切ない・・・。最愛の仙水さんを失って打ちひしがれる彼女の姿は、見ていて俺もとても辛かったです。」
 蔵馬は長身のスマートな体をわずかによじりながら、実際にいかにも切なげな表情を浮かべてため息交じりに話した。
「あら、そう? 片思いだって十分素敵だと私は思うけど。」
 乗っている大きな車椅子ごと蔵馬が腰掛けているソファの後ろに回り込んで、それまで彼の話を黙って聞いていた梢が明るくにっこり微笑んで言った。
 実はヘアアレンジが趣味の梢は、蔵馬の女性のように長い髪を格好のおもちゃにして、さっきからさも楽しそうにクシャクシャといじっている。
「片思いだっていいじゃない。両思いだけがいい恋愛とは限らないはずよ。なんてったって彼女まだ若いし、可愛いし、探偵さんが心配しなくても、この辛い経験を糧にしてこれから素敵な恋愛をいっぱいするわよ、きっと。」
「まぁ・・・そうですよね。正直、ぜひそうなってほしいと俺も心から思います。愛さんは孤独で苦しいストーカーなんてしてるのはもったいない、とても可愛らしい女性ですから・・・。」
 さっき近所のファミレスで長々と語り合ってきた愛の、今が旬の人気アイドル並みに恵まれている男性受け抜群のルックスを思い出し、蔵馬はほうとまたひとつ、重く深いため息をついた。
 もし彼女の長年の片思いの相手があの仙水じゃなかったら、そして突然現れた思わぬ恋敵があの樹じゃなかったら・・・彼女はストーカーになどならなかったかもしれない。蔵馬が話に聞く限り、死んだ仙水はあまり若者らしさのない相当な変わり者だったようだから、さすがの愛の魅力も彼にはまったく通用しなかった。また、樹に出会った仙水がなんとゲイになってしまったことで、彼女は大きなショックを受け、いくらか正気を失ってしまったのだろう。
 とはいえ世の中には今度の愛と同じような境遇にあってもストーカーになど絶対にならない人のほうが圧倒的に多いのだから、根本的に彼女の性質に原因があったのは確かだと思われる。
「絶対モテますもんね、愛さんって。なんだか小動物みたいなイメージで小柄で可愛らしいし、元気で爽やかで、しかも人一倍真面目で努力家な性格で・・・。」
 蔵馬はハッとなにかに気付いたような表情をした。
「あれ、そういえば梢さんは愛さんにお会いしたことがあるんですか? さっきああいう発言が出たってことは、愛さんのこと以前からご存知なんですよね?」
「ええ、直接彼女と向かい合ってお話したことはないけれど、たまに私が外へ出かけたときや庭を散歩するときなんかに、この家の玄関先で彼女の姿を何度か見かけたことがあるわ。」
 手櫛でざっくり梳かした蔵馬の髪を頭の高い位置でカジュアルなポニーテールに結っている最中だった梢は、クルクルと慣れた手付きで結った髪の根元に細いゴムをきつく巻きつけながら、柔らかな笑顔で答えた。
「だって彼女、仙水さんがこの家へ来てからずっと、毎日ここへ通っていたもの。すごく可愛い子だし性格も素直そうで私のほうはとても好感を持ってたんだけど、樹の姉の私も樹と一緒に彼女にひどく嫌われてたから、気軽に話しかけることもできなくて。」
「あ〜、なるほど・・・。」
 蔵馬は気難しい顔で相槌を打った。
 愛は恋敵である樹のことを死ぬほど憎んでいたから、樹の姉で同じ顔をした梢のことも嫌うのは当然だろう。本来なら愛の失恋と梢はまったく無関係だが、姉弟のルックスがここまで似通っていると、どうしてもふたりの争いに梢も一緒に巻き添えを食ってしまう。
「ほら飛影君、稲辺、見て! 完成よ! どう、可愛いでしょ?」
 蔵馬の長い髪をキュッと見事なポニーテールに結い上げた梢は、男の蔵馬の髪型になど無関心間違いなしのふたりに向かって、長身の彼女に赤ん坊のように肩を抱かれた蔵馬の姿を得意げに披露した。
「はい、探偵さんも見て! とっても似合うわよ、ポニーテール!」
 梢に渡された手鏡の中の自分のポニーテール姿を、蔵馬はうんざりした様子で眺めた。
「はぁ・・・そりゃどうも・・・。」
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