美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□モデル系ホモカップル殺人事件 後編<美男子探偵蔵馬5>
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「蔵馬、気にしすぎだぞ、お前。」
 樹の家のリビングで稲辺に淹れてもらったコーヒーをすすりながら飛影にそう言われても、蔵馬はまだソワソワと体を動かして、いっこうに落ち着きを取り戻す様子がなかった。
「だって飛影、あの田中さんが二度もあんな真似を・・・おかしいですよ。」
 顔をしかめてため息まじりに言う蔵馬は、その内心の動揺ぶりを示すかのように、ソファに浅く腰かけて彼には珍しく見苦しくせわしい貧乏揺すりまでしていた。
「それくらい大したことじゃないだろ。もともとああいう風に人目を気にしながらこっそり部屋を出るという癖があるんじゃないか、あいつ。人には言わないだけで誰でも変な癖のひとつやふたつはあるもんだ。な? それだけの話だろ。」
「そうは言っても泥棒の真似するような癖は普通の人にはまずありませんよ。それに田中さんはこの家に出入りしている人にしては珍しく、常識のあるとてもマトモな人ですから・・・。」
「それはもちろん、私もマトモじゃないという意味に当然受け取って構いませんよね?」
 コホン。
 厳しく非難するような声と大きな咳払いに驚いて、蔵馬と飛影は揃って素早く後ろを振り返った。
「あ・・・稲辺さん。べ、別に俺はそういうつもりで言ったわけじゃ・・・。」
 たどたどしく弁解を始めた蔵馬を、両手にケーキ皿をのせたトレイを持った稲辺は、ニコニコと優しい笑顔を浮かべて眺めていた。
「まぁ、いいでしょう。今の話は聞かなかったことにしますよ。それよりおふたりとも、梢様がせっかく作ったモンブランをお忘れじゃないですか? おふたりがなかなか現れないので、待ちくたびれた梢様に早くおふたりのところへ持って行くよう、私が急かされてしまいましたよ。」
 言いながら稲辺はふたりの前のテーブルに、さっき飛影が作ったばかりの見事なモンブランがのっている皿を二枚置いた。
「あ、そうだった。モンブランね、モンブラン。梢さんじゃなくて飛影が作ったモンブラン・・・。わぁ、すごく美味しそうだ。さすがだなぁ。」
 田中のことを深刻に考えるあまり、彼らしくなく食欲もなくしてケーキどころではまったくなかった蔵馬だが、せっかく運んできてくれた稲辺の手前、ケーキを目にしてわざとらしくにぎやかな歓声をあげた。
「そうそう、そういえば・・・。」
 蔵馬がフォークで切り分けたケーキをさっそく口に運ぼうとしたちょうどそのとき、稲辺が不意に口を開いた。
「私の切手のコレクションの一部が私の部屋を探しても全然見当たらないんですが、もしかしておふたりはどこかで見かけませんでしたか? ちょっと珍しくて私のコレクションの中ではいちばん高価な、私がずっととても大事にしている切手も含まれていたのですが・・・。」
 ガチャン!
 蔵馬はケーキごとフォークを手から落とした。 
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