パラレル飛躯二次創作A

□ナイフの姫君
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 ある夜、左大臣の姫君、躯は物憂く月を眺めていた。月明かりに照らされた彼女は、まだ十七歳の若々しく、そしてこの世のものとは思われぬほどの目の覚めるような美少女だった。にも関わらず、男の着物である狩衣を着て、この時代では男でもありえない、外国人かと疑われるような短髪だった。女なのに眉も抜かず自眉のまま、お歯黒も口紅も塗っていなかった。
 父である左大臣はそんな個性的すぎる娘、躯の小柄な姿を見つけると、悲しそうな表情で深々とため息をついた。
「お前はまたそんな格好で。」 
 美しく優美な顔で躯は振り向くと、顔立ちに似合わぬぞんざいな口調で言い返した。
「これのが動きやすいんだよ。」
「おまけにその髪は何だ、女は髪が命だと言うであろう。」
 躯はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「短いと手入れも楽でなにより軽いぞ。それに俺に似合ってる。」
「長い髪に十二単もお前に似合うだろう。」
「ありえんな。俺の趣味じゃない。」
「そんなに男の格好がしたいなら勝手にすればいいが、せめて普通の髪で烏帽子をつけたきちんとした男装にしてくれないか。」
「すまんがあれはダサいから嫌だ。」
 おっとりとした気性の左大臣は涙目になった。愛妻家であった彼は妻を亡くしてから娘とふたりきりでやってきたが、強気で人一倍気性の荒い娘に頭が上がらなかった。
「お前はちっとも私の言うことを聞いてくれないね。」
「クソ親父の言うことを素直に聞く奴の方が気持ち悪い。」
 溢れ出る涙を袖で拭いながら左大臣は無理に笑顔を作った。
「その髪は相変わらず自分で切っているのかね。ひどく斬新なスタイルだ。」
「ああ。」
 躯は得意そうに袂からキラリと光る小刀を取り出し、見せびらかした。
「いつもこれで切ってる。俺、美容師になれるんじゃね?この髪型そのうち絶対流行るからな。」
 いや、それはないだろう・・・と内心つぶやきながら、左大臣は寂しそうに娘のもとを去った。

 左大臣の一人娘、絶世の美少女と名高い躯は都でも知る人ぞ知る正真正銘の超変人であった。ボーイッシュとかナチュラルというよりも、単に非常識で自己中なだけだった。性格は残忍かつ凶暴、傍若無人。刀剣類の熱狂的なコレクターで、戦で使うような立派な刀から扱いやすい小刀まで、ありとあらゆる膨大なコレクションを所有していた。貴族のたしなみである音楽にも和歌にも一切興味を示さず、ひたすら武芸の腕を磨く毎日だった。特に小刀の扱いにかけては右に出るものがいないと言われるほどの達人だった。頭が良かったので勉学には苦労しなかったが、熱心ではなかった。左大臣は美しい娘の斬新で個性的な装いと乱暴で我が道を行く言動を恥ずかしく思い、努めて人前に出さないようにしていた。躯のほうも人付き合いなど面倒だったので、それを喜んでいた。
「大体、貴族ってみなつまんない奴ばっかりなんだよ。」
 傲慢に躯が言い放った言葉に、父の左大臣は眉をひそめた。
「これ躯、そんなことを言ってはいけないよ。素晴らしい殿方や姫君もたくさんいらっしゃるし、姫君達の世話役・教育係である女房達の中にも優れた学識や才能を持つ者が多いのだ。お前も皇后定子様にお仕えしていた清少納言や中宮彰子様にお仕えしていた紫式部のことは聞いているだろう?」
 躯は不機嫌にフンと鼻を鳴らした。
「まぁな。だけど俺とは性が合わない。なんで女はみんな異常に長い気味悪い髪して、大げさに重ねた重い着物着なきゃいけないんだよ?あんな格好じゃそりゃ満足に動けないわな。それでみんな運動不足で小太りなんだ、不健康だよ。男は男で出世と芸事と女遊びのことしか考えてないチャラ男ばかり、マジ勘弁してくれよ。うんざりだ。」
 左大臣はため息をついた。
「私にしてみればお前こそ勘弁してもらいたいがね。せっかくの絶世の美女もこんなでは嫁のもらい手がないだろうに。」
「あれ?親父、知らないのか?俺、めっちゃモテるんだぜ。」
「ああ、それでお前のもとを訪れる殿方達を散々恐ろしい目に遭わせているらしいね。もう都じゃ大変な噂になっているよ。死人まで出ているという信じられない話も聞くが、さすがにそれはないだろうね、躯?私は恥ずかしくて堂々と外も歩けない有様だ。」
 躯は豪快に笑い飛ばした。
「あいつらがもともと悪いんだよ。いい気味だ。」
 その言い様に左大臣はまた涙ぐんだ。
「お前がそんなではせっかく結婚してもすぐ離縁されてしまうだろう。もういい歳だというのに情けないことだ。」
「そうだな、だから俺を無理矢理結婚させようなんて思うなよ、親父。そんなことしたら俺は最初の晩に旦那の首取って土産に持って帰るからな。」
 自分達の不幸な運命を呪って左大臣は本格的に男泣きを始めた。
「ああ、何てことだ。どうして私の娘はこんな恐ろしい子に育ってしまったのだろう。」
「おいおい、そう泣くなよ、親父。俺だって気に入った男が見つかれば結婚してやってもいいと思ってるよ。いつまでも親の脛かじろうとは思わないさ。」
 左大臣は涙でぐっしょり濡れた顔を上げた。
「本当か!?」
「ああ、だがそれには本当に俺にぴったりの男を見つけなきゃな。言っとくが俺は身分や金で決める気はないぜ、邪魔してくれるなよ、親父。」
 躯は考え深げな表情をしてにやりと笑った。
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