パラレル飛躯二次創作A

□HOTEL BEIJING
1ページ/21ページ

「躯様、明日は団体旅行のお客様が大勢いらっしゃいます。人手が足りないんですから、オーナーとはいえ目一杯働いてもらわないと。外出は控えて下さい。」
「ああ、そうだった。わかったよ。やれやれ、忙しくなりそうだ。」 
 このホテルの若きオーナー、躯が明日の予定をあれこれ考えていると、厳しい顔をしたホテルマネージャーの中年男、奇淋にすかさずたしなめられた。
 躯がこの古い中規模ホテルを急死した両親から受け継いで早2年。彼女が心の準備も出来ないまま、あまりに若くしていきなりホテルオーナーの地位に就いてしまったため、伝統あるホテルのオーナーとしての自覚と責任感に欠けると、奇淋はいつも周りのスタッフにボヤいている。
 HOTEL BEIJING「ホテル ベイジン」、つまり「ホテル 北京」という名前のこのホテルは、北京に位置しているわけではもちろんない。創業者である躯の曽祖父が、ちょっと響きが格好いいかなと思って適当につけただけのふざけた紛らわしい名前で、実はホテルは東京からさほど遠くない地方都市にあった。
 唯一名前通りなのは、ホテルの外観も内部もすべて、和洋折衷ならぬアジアとヨーロッパをミックスしたテイストでまとめられているところだ。曽祖父の趣味らしいが、アジアをイメージした装飾の施された雰囲気のある空間に、ヨーロッパの重厚なアンティーク家具がセンス良く調和していた。
 落ち着きがあるのに新鮮でモダンな印象も受けるそのスタイルは今でこそ珍しくないが、ホテル創業当時は時代の先端を行く最新スタイルのホテルとして絶大な人気を集めていたらしい。もちろん今でも一部のファンにはまだ根強い人気を誇っている。知る人ぞ知る洒落たクラシックホテル、といった位置付けだ。
 幾度かの改装工事は経ているものの、クラシックな雰囲気を大切にしたいという理由から、ホテルの建物の大部分は創業当時のまま保存されていた。そのため新しいホテルには出せない趣はあるものの老朽化が著しく、さすがの老舗ホテルも現在の宿泊費はかなりリーズナブルで、遺憾ながらも二流ホテルの地位に甘んじていた。
 オーナーがまだうら若い女性である躯に代わったとき、このホテルもついに若返りを果たすのではないかと、世間では期待を持って盛んに囁かれた。しかし当の躯自身がこのホテルの昔ながらの雰囲気を好んでいたため、この風変わりで時代遅れのおんぼろホテルは現在も何も変わることなく、時が止まったかのようにのんびりと営業し続けていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ