パラレル飛躯二次創作A

□SHE'S HER LOVER
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 飛影が偶然そのカフェを訪れたのは、あるうららかな気持ちのよい春の昼下がりだった。
 この春に大学を卒業してすぐ飛影が入社した会社のオフィスは、このあたりいちばんの大きな駅にほど近い、オフィス街の中でもひときわ背の高い立派な高層ビルの一角にあった。当然、まわりにはありとあらゆる種類の飲食店が競い合うように軒を連ねており、そこで働く人達が食事をとるにはまさしくよりどりみどりの状態だった。むしろ数が多すぎて、飛影はどこで日々の昼食を食べたらいいのか、毎日なかなか決められずにいた。
 もちろん自分に合った店を時間をかけてこれからじっくり探していけばいいのだが、選択肢が多すぎるのも考えものだ。たくさんある中から自分にピッタリなこれだというものを選び取る作業は、ものぐさな彼にとってはえらく骨が折れるし時間がかかりすぎる。昨日入った定食屋は安くて上手いのはいいのだが賑やか過ぎて落ち着けなかったし、一昨日の中華料理店は全体的に油っぽい料理が多いのと、少し値段が張るのが気になった。

 そんなわけで今日もぶらりと、適当な軽い気持ちで飛影はそのカフェに入ったのだった。大きな通りに面した、まるでパリのカフェにでも迷い込んだような、古めかしくシックで洒落た雰囲気の小さな店だった。外にテラス席もある開放的な造りで、落ち着いたブラウンを基調にしたクラシックな外観に、濃いグリーンの大きなひさしが効果的なアクセントになっていた。いかにもカフェ好きな女性に人気がありそうな洒落た店だが、もちろん飛影は店の雰囲気で選んだわけではまったくなく、ただ軽いもので済ませたい気分だったから、なんとなくちょうどいいと思って入ったにすぎなかった。

 よく手になじむひんやりした感触の真鍮のドアノブに飛影が手をかけてグイと引くと、上半分に大きなガラスが入ったアンティーク風の重厚なドアが音もなくゆっくり開いた。こじんまりした店内はやはり外観と同じく落ち着いた雰囲気で、古い外国映画にでも出てきそうなヨーロッパ風のテーブルと椅子をはじめ、ブラウンとホワイトのみで構成された趣深いクラシックなインテリアに統一されていたが、その壁の一部はやわらかなクリーム色に塗られていて、現代的で可愛らしい明るさもどことなくほんのりと感じられた。
 飛影がさっそく席を決めようと静かな店内をじっくり見渡すと、店の奥にひっそりと小さなカウンターがあるのが見えた。カウンターの向こうにはおびただしい種類のビール等アルコール類のボトルがズラリと並べられていて、どうもこの店はただのカフェというより軽い食事やアルコールも出す、ひとり暮らしの飛影にとってはなかなか使い勝手のいい店のようだった。くつろげるインテリアといい、豊富なメニューに手頃な値段といい、ついに自分にピッタリ合った店を見つけたかもしれないと飛影は胸を弾ませた。
 店内の照明は薄暗く、室内全体の色調も暗めだが、今は明るい昼の時間帯なので大きな窓から入ってくる陽射しで意外と明るい印象だった。天気の良い日は日当たりの良いテラス席に座れば春の陽気を十分楽しむことも出来そうだった。またもちろんおそらく夜になれば、大人に似合うしっとりしたいい雰囲気の店に変わるのだろうと思われた。

 店の隅のいちばん奥まった場所にある、ところどころ傷のついた渋いブラウンの使い込まれた丸テーブルに勝手に陣取って腰を下ろすと、飛影は繊細な横文字であふれた気取ったメニューを手にとって開き、興味深げにざっと目を通した。
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