パラレル飛躯二次創作

□引きこもり女とストーカー男
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まだ夏の暑さが残る8月の終わり、木曜午後7時15分。飛影は仕事の外回りを終えて、小さな定食屋で夕食をとった。道草をしながらだらだらと駅まで歩いていると、住宅街の路地でひとりの女性が前から歩いてきた。彼女は彼の視線に気づき少し彼を見たが、すぐ道沿いの高層マンションに入っていった。

躯はひとり夕暮れの散歩に出ていた。まだ8月なのでそう暗くなかった。向こうに小柄な若い男が立っていて彼女を見ているのに気づいた。スーツを着ているから社会人と思われるが、小柄で目がとても大きいのに鼻と口は小さくて、少年と言っていいくらい幼く見えた。三白眼というのか非常に鋭い目つきで、大きな目が相手を睨みつけるようだった。黒のスーツが少しブカブカして着られてしまっているのがおかしくて、彼女はクスリと笑った。
 振り返るとその少年はまだこっちを見ていた。別にそれは珍しいことではなかった。彼女は並外れた美人だったから、すれ違う男が見とれることはよくあった。変わった雰囲気のある男だと思った。容貌も個性的だがそれだけじゃなく・・・。




 あれから俺の頭を彼女が離れることはない。ひと晩中彼女のことばかり考えて眠れず、やっと眠れたと思ったら彼女の夢を見た。翌日になっても仕事がロクに手につかない。
 もちろん俺だって、こんな女性がいたらと夢見たことはある。理想の女性。人生は驚きだ、俺の理想なんてはるかに凌駕する、信じられないほど素晴らしい女性に出会ってしまった。
 完璧に整った顔立ちで、涼しげで落ち着いた大人の女性であり、同時に少女のような可憐さがあった。強く愛らしい目をしていた。ショートヘアの色素が薄い髪は柔らかそうで、小さな顔を引き立てていた。俺を見て少し微笑んだ顔がまた、どうしようもなく美しく優しかった。小柄ですらりとしなやかな体つきをしていた。気負いなく着崩した白シャツにデニムといういたってラフな格好だったのに、誰よりも華やかな空気をまとっていた。優雅で落ち着き払った物腰も言うことがなかった。
 だけどそれだけじゃない。俺が彼女に惹かれるのは、彼女が美しかったからだけじゃない。きれいなだけの女に俺は興味がない。彼女は何かを持っている。それが何かはわからないし、言葉で言い表すなんてとてもじゃないけど不可能に思える。
 彼女はなんて名前だろう。歳はいくつだろう。俺よりは年上に見えた。何をしている人なんだろう。ずいぶん立派なマンションに住んでいる。恋人はいるんだろうか。もしかして結婚していたらどうしよう。馬鹿みたいに見つめるばかりで声をかけることができなかったのが悔やまれた。




 1週間後の夜、いつもと同じ時間に私は家を出た。マンションの前にあの少年がいた。少年は私を見つけると一目散に駆け寄ってきた。しかし私の前まで来た彼はうつむいてしまい、しばらく何も言わず足元を見るばかりだった。私がたまらず歩き去ろうとすると、やっと彼は口を開いた。幼い外見とは裏腹に、低くて男らしい声で、鋭い乱暴な口調で話した。
「・・・俺は飛影っていう。お前は?」
 またか。私はうんざりして彼を見た。
「すみません。」
 通り過ぎようとしたが、彼はなお必死に追いかけてくる。
「突然で悪かった。でも俺、1週間前からずっと・・・」
 ため息が出た。
「私、ナンパって大嫌いなんです。ほっといてくれません?」
「ナンパじゃない、真剣だ。」
 大きな目で私を睨みつける。怖い。
「真剣とかどうでもいいんです。やめてください。」
「名前だけでも教えてくれないか。」
「大きい声出しますよ?」
 勝った。彼を置き去りにして私はほくそ笑んだ。まったくナンパ男ほど嫌なものはない。オートロックのマンションで良かった。

 1週間毎日彼女をあの場所で待った。しかし1度も会えなくて、やっと1週間後の同じ時間に会うことが出来た。声をかけたが迷惑がられただけだった。名前さえ教えてもらえなかった。俺が彼女の立場だったらやっぱりそうしたろうし、当然のことだと思った。俺はさぞかし滑稽な男に見えただろう。彼女の声も話し方も品があって落ち着いていた。ますます気持ちが高まった。
 また彼女をひと目見たくて、少しでもいいから話したくて、一週間毎日彼女を待った。でもやっと彼女が現れたのは、またその1週間後。




 今日彼女はグレーのチェックシャツにデニムを着ていて、俺を見ると露骨に嫌な顔をした。自分でもこんなことしていて嫌だし情けない。でも他にどんな手段がある?俺は彼女のことを何も知らない。
「食事に行かないか。」
 なんというナンパ男の常套文句だ。だが他に何を言ったらいいかわからない。彼女はやはり俺を軽蔑の目で見た。
「しつこいですよ。」
 そう言って立ち去ろうとしたが、負けるわけにいかない。
「少しでいいから話したい。」
「いい加減にしてください。」
「初めて会ってから2週間毎日待ってる。やっと会えたのに引き下がれない。」
 彼女は驚いた顔で俺を見た。
「2週間毎日待ってたの!?」
「ああ、仕事帰りに毎日来てる。休みの日は一日中待ってたのに、ちっとも現れなかった。ずっと家にいたのか?」
 彼女の顔がゆがんだ。
「気持ち悪い。よっぽど暇なのね。ストーカー男、最低。」
 キツすぎる言葉で俺を打ちのめし去っていった。


 

 さらに一週間後。同じ木曜午後7時に彼女は現れた。ゆったりした黒の薄手ニットにネイビーのショートパンツ姿で、うっとりするほどきれいな脚だった。俺はいきなり思いっきり睨まれた。もう何を言ったらいいかわからなかったので、俺は彼女に並んで歩いた。彼女は顔をしかめて黙っていたが、とうとう口火を切った。
「いい加減にしてくれない?黙って一緒に歩くって最低。怖いんだけど?」
「・・・何言ったらいいのかわからない。」
「馬鹿ね。」
「何言ったって無駄だろうしな。」
「わかってるならさっさと帰ってよ。私はあなたに興味ないし、いい加減あきらめたら?」
「あきらめない。」
「・・・あのね、大体あなたいくつ?まだ随分若いように見えるけど。」
「19。」
「私は今年で30になるのよ?釣り合ってない。」
「・・・もっと若く見えた。」
「これであきらめついた?」
「年齢は関係ない。」
「・・・私は関係あるのよ。」
 俺は勇気を振り絞って、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「ところで結婚してるのか?」
「・・・してないけど。」
「恋人はいるのか?」
「いない。」
「良かった。」
 正直、相当うれしかった。だって望みがあるってことじゃないか。彼女はそんな俺を複雑そうな顔をして眺めていた。
「・・・そんな顔したって困る。」
「え?」
「私、急ぐから。」
 彼女は早足で歩き出し、俺も慌ててついていった。彼女は近くのコンビニに入った。俺は一緒に入って入り口で待っていた。帰りも並んで歩いた。
「いつもコンビニに行くのか?」
「気持ち悪いからついてこないで。」
「お菓子とか雑誌とか電池とか買ってたみたいだな。」
「だから気持ち悪いって言ってるでしょ!ほっといてよ!私は1週間で今しか気晴らしできないのに!」
「・・・どういう意味だ?」
 彼女は慌てた。
「何でもない。ほんとにほっといてちょうだい。さっさと帰って。」
「・・・前から思ってたけど、あんまり外出しないんだな。俺土日なんて一日中待ってるのに、全然会えない。」
 彼女はいよいよ怒り出した。
「一日中いたの!?お願いだからやめてよ!」
「・・・もしかしたら会えるかもしれないし・・・。」
「私外出なんて滅多にしないし、もうずっと木曜のこの15分しか外出してないの!だから待ってたってムダなのよ!」
「・・・・。」
 俺は言葉を失った。彼女もしまった、という顔をしていた。
「なんで・・・」
 彼女は逃げるようにマンションに駆け込んだ。




 1週間後の木曜日。今日は台風でひどい暴風雨が吹き荒れていて、外に出かけるのは到底無理だった。週に一度の外出ができないのは残念だったけど、彼に会わずに済んでホッとした。本当にしつこくて気持ち悪いし、それに・・・こないだ私は余計なことを話した。彼は何て思ってるんだろう、そう考えると怖い。
 最初は気づかなかったけど、彼は案外整った顔立ちをしていた。大きく鋭い目に見つめられると胸が高鳴った。




 あの後台風は数日続いたが、次の木曜はきれいに晴れた。彼はやはりマンションの前に立っていた。いつもは私を見つけると駆け寄って来るのに、今日は私のほうを見もしないでうつむいたままマンションの壁にもたれ立ちつくしていた。私がコンビニから戻ってくると、同じ場所で今度はぐったり座り込んでいた。彼の様子がおかしいのが気にかかり、私は彼に近づいた。
「ちょっと、どうしたの?」
 答えはなかった。顔を上げさえしない。
「どうしたのって聞いてるんだけど。」
 また答えがなかった。私はイライラしてきた。いつもはうるさいくらいつきまとって話し掛けてくるくせに今日は無視!?ふざけないでほしい。
「あのね、どういうつもり・・・」
 どんな顔してるのか見てやろうと思って私もしゃがみこんだ。うつむいた彼の顔を見て私はハッとした。彼の顔は真っ青で、いかにも辛そうだった。
「・・・もしかして具合悪いんじゃない?」
 つい彼の額に手を当てると、ひどく熱かった。やっと私に気づいて、彼は虚ろな目で私を見た。
「すまない。やっぱり今日は来るんじゃなかった・・・。」
 立ち上がりふらふらした足取りで帰っていった。私はそれをただ見送っていた。もしかして台風の大雨の間ずっとここで待ってた?まさかね。とても具合が悪そうだ。高熱で意識も朦朧として・・・。けどあんなストーカー男を心配する必要はないし、こんな日に来るほうが馬鹿に違いない。
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