パラレル飛躯二次創作

□引きこもり女とストーカー男
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次の木曜。彼はやっぱり同じ場所で待っていた。私を見つけるとすぐ駆け寄ってきた。顔色も良く、すっかり回復したようだった。
「良くなったんだ。」
「ああ、すまなかった。」
 私もつられて笑顔になってしまうのが悔しい。彼はとても嬉しそうだった。
「これ。」
 彼は突然、私にコンビニ袋を押し付けた。
「何これ?」
 中を覗いてみると、お菓子や電池など、こないだ私が買ったのと同じものが入っていた。混乱しながらも顔をしかめて精一杯悪態をついた。
「私が何買ったかまで見てたの?気持ち悪い。」
 彼はちょっと気を悪くしたようだったが、すぐに私の手をとって言った。
「これでいいだろ?行くぞ。」

「手、放して!」
 私がいくら叫んでもまったく無駄だった。彼の手は力が強くて、ふりほどけない。そのままずんずん彼は早足で歩いていって、近所の川辺まで来て止まった。
やっと手を離して彼は座った。私もなんだか疲れてしまって並んで座った。もうだいぶこの時間も薄暗い。ここに来たのは本当に久しぶりだ。昔は私もよくここを歩いた。吹き抜ける秋の風が心地いい。ここの水鳥を眺めるのも8年ぶりだろうか。のんびりした姿が私を癒した。静かに深呼吸した。
「15分しか時間がないなら、少しでも落ち着いて話をしたかった。」
 川の方を眺めたまま、私を見もしないで彼は言った。
「こないだ話を聞いてから3週間ずっと待ってたけど、木曜しか出てこなかった。・・・本当にいつも家にずっといるのか?」
「・・・変な女だって思ってるんでしょ。」
「いや・・・。」
「そう、私は引きこもり女よ。」
 私は彼の目をまっすぐ見た。彼も私を見て、見つめあうような格好になったけど、気まずいとか思う気分じゃなかった。
「もう8年間ずっと。木曜のこの15分間以外は滅多に外出しない。」
「・・・・。」
「家で出来る仕事もあるから収入には困らないし、オンラインで何だって買えるでしょ?外出する必要なんてないじゃない。」
「・・・そうだったのか。」
「私は家にひとりでいるのが好きなの。これで満足!?もう私につきまとわないで!!」
 私は素早く立ち上がって夢中で駆け出した。彼が引きとめる声が聞こえたけど、振り返らなかった。何でああもしゃべってしまったんだろう。部屋に帰ってからもずっと後悔した。




 日曜の昼、珍しく私は外出した。翻訳の仕事でどうしても図書館で調べものをしたかった。マンションを出ると彼がいた。彼は驚いた様子で私を見た。いつもは仕事帰りのスーツ姿なのに、今日は長袖のTシャツにデニムのカジュアルな服装だった。彼にはこっちのがずっとよく似合う。彼の肩は意外にがっしりしている。秋の穏やかな日差しの中で彼の目はいつもより幾分柔らかく見えた。
「木曜の夜以外に出かけるの初めてだな。」
 彼は駆け寄るなり言った。
「そうね、滅多にないかな。」
「どこ行くんだ?」
「遠くまで行くから、ついてこないで。」
 彼はついてきた。駅で私と同じ切符を買い、私と同じ電車に乗った。私の隣に座ろうとしたので、さすがに怒った。
「どれだけ図々しいの。離れて!」
 それで彼は私の向かいの席に座った。
 目的の駅で電車を降り、図書館に入った。図書館では彼は邪魔で仕方なかった。
「調べものに来たのか。」
「邪魔しないで。」
「図書館なんてほとんど来たことない。」
「それで知らないんだ。図書館では話さないでよ。」
 彼はおとなしくなった。学習室で私の隣の席に陣取り、私が持ってきたたくさんの本と格闘していた。そのうちあきらめたようで眠ってしまった。彼の寝顔があんまり幼くてかわいらしいので私は思わず見入ってしまった。このストーカー男は、眠っているときは不思議に天使のようだった。4時間後、調べものが終わったときも彼はまだ寝ていた。置き去りにしようかと思ったけど、それもなんだか可哀想な気がして結局起こした。
 
 電車に乗った彼は寝ぼけながらも、また私の向かいの席に座った。そしてまた眠り始めたので、私はまた到着駅で彼を起こさなきゃならなかった。

 電車を降りると、彼は急に元気になった。
「えらく難しい本ばかり見てたけど、仕事の調べものなのか?」
「まあね。」
 そのまま私達はお互いの仕事についてなど話した。こんなふうに誰かと話すのは久しぶりで楽しかった。彼はなかなか聞き上手だった。
 マンションに着いて私が「じゃあ」と入ろうとすると、呼び止められた。
「今日は長く一緒にいられて嬉しかった。」
 大きな目を細めて彼があんまり嬉しそうな顔をしたから、私は困った。私は彼の笑った顔が好きだ。
「ずっと待ってて良かった。」
 そんなふうにストーカー男に微笑まれても、どうしたらいいんだろう。私は今どんな顔してるんだろう。くすぐったい気持ちだった。

 部屋に帰ると早速ヘルパーさんが私に訴えてきた。
「このおばあさん、ほんとになんてへそ曲がりでしょ。あれやれこれやれと要求して騒ぐのに、言われた通りにすると今度はそれに文句をつけだして・・・」
「すみません」私は謝った。祖母はベッドに横たわりブツブツと何やらつぶやいているが、ヘルパーさんに悪態をついているのは間違いない。ヘルパーさんを送ったあと、私は祖母に話し掛けた。
「おばあちゃん、どうだった?ごめんね、どうしても仕事の調べものをしなきゃいけなかったから。」
「お前はほんとに恩知らずな孫だよ!」
 祖母は怒りでいっぱいだった。
「あんな気の利かないヘルパーと私をこんな長い時間ふたりきりにするなんてどういうつもりなんだい?私は自分じゃ何もできないんだよ?ストレスで寿命が縮まったらどうしてくれるんだ。お前は一体、仕事と私とどっちが大切なんだ?」
 私はため息をついた。台所に行ってお茶を淹れながら、大きく深呼吸した。祖母は私のたったひとりの肉親だ。確かにひどく扱いづらい人だけど、両親を亡くしてから私を育ててくれたのはあの祖母だ。あんなにとげとげした人になってしまったのも母を亡くしたショックのせいだから、仕方ない。寝たきりになってしまったのも、老体に鞭打って働き詰めで生活を支えてくれたからだ。
 深呼吸して気持ちがだいぶ楽になった。私は笑顔で祖母にお茶を持っていった。
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