パラレル飛躯二次創作

□ブラック・ロック・モード
3ページ/4ページ

 今日も気分は最悪だ。今日俺は躯とばかでかい会場にロックのライブに来ていた。俺はロックも嫌いだし、もちろんライブなんて行ったこともない。むしろ金をもらっても行きたくない。なのに奴は俺を無理やり引っ張ってきた。しかもさらに最悪なのは奴の彼氏のバンドのライブってことだ。そんなのひとりで行けよ。こんなときだけ女々しいんだな、まったく腐った野郎だ。ああロックのライブなんて本気で嫌だ。俺の鼓膜が破れたらどうしてくれる。
 俺を車で部屋まで迎えに来た躯は、珍しいスカート姿だった。すその広がった黒のミニスカートを履いていた。しかしそれに黒の半袖ジャケットやら長袖のTシャツやら分厚い黒タイツやらを合わせていて、完全に露出ゼロのいつもの黒尽くめファッションになっているのが、いかにも躯らしいというか、色気も女らしさもかけらほどもない。その上デカい真っ黒なサングラスまでかけていて全く始末に負えない。だが分厚いタイツに包まれた奴の脚は意外にもえらくきれいだった。車の中では「にるばーな」を大音量でガンガン聴かされて死にかけたが、地獄のドライブもなんとか終えた。
 
 ライブは案外悪くなかった。いや、良かった。あいつの彼氏は女の趣味は悪いがロックに関して言えば天才らしい。光也のパフォーマンスは掛け値なしに素晴らしく、場を圧倒した。ロックなんて正直苦手な俺だが、ギターも弾けば歌も歌うあいつの彼氏は、ハードな曲では文句なく格好良く、バラードは切なく美しかった。会場は熱気に包まれ、聴衆はみな熱狂し、女どもは黄色い声をあげた。俺の隣であいつが夢中になって聴いているのを見ながら、俺は妙に寂しかった。

 ライブが終わると奴は楽屋に行くと言ってきかない。ひとりで行けばいいものを、なぜか俺まで引っ張っていく。俺はもちろん行きたくなかったが、そりゃライブは良かったし、あいつの有名人の彼氏の顔を一度くらい間近で拝んでもいいような気もしていた。
 俺たちが楽屋に入っていくと、光也は一目散に躯に駆け寄った。俺よりも20センチは背が高い。間近で見るとますます色男だった。そいつはバンドの他のメンバー達におどけた口調で呼びかけた。
「僕のミューズ(女神)がいらっしゃったよ。」
 キザな野郎だ。俺はまったく嫌な気分になった。ロックだけやってりゃいい男なのにな。女の趣味が悪すぎる。何がミューズだ、だいたいお前の女神様は女ですらない。
「おい、やめろよ光也。」
 バンドのメンバーに冷やかされて、躯は苦笑した。
「だって今度のツアーの曲だって、全部君に捧げて書いたんだ。」
 ・・・曲までお前が書いてたのか。どこまで天才だよ。こんなおとこ女に捧げて、よくあんな曲が書けたな。
「ライブ良かったぜ、光也。」
「ありがとう。」
 男は甘ったるく微笑んだ。見れば見るほど似合いのカップルだった。俺はなぜかイラついて仕方なかった。
「ところで君が連れてきたその子は誰?」
 ・・・その子って何だ。どうせお邪魔だしムカついて俺は部屋を出た。しかし躯が追いかけてきた。
「勝手にひとりで帰るなよ。もちろん俺が送ってく。」
「彼氏と帰ればいいだろが。」
「あいつは打ち上げとかあるからな。」
「フン、とにかく俺はひとりで帰りたいんだ。お前は彼氏とおしゃべりしてろ。」
「いいよ、お前と帰る。」
「嫌だと言ってるだろ。」
「意地張るな。」
 奴は俺の腕をぐいと引っ張ったが、俺も本気だったので力づくで振り払った。奴は驚いた顔で俺を見た。
「俺は電車で帰る。お前の車はうるさすぎてかなわん。じゃあな。」
 奴は口を歪めて心細げな顔をした。
「・・・俺、車で待ってる。車でかけるのバラードにするから、気が変わったら来てくれ。」

 躯が人気のない地下の駐車場に足を踏み入れた瞬間、突然現れた大きな男に腕をとられた。そのまま車に引きずり込まれそうになったとき、飛影が現れた。彼は状況を見て取ると躊躇なく大きな男数人に向かっていった。

 飛影のアパートの部屋で、躯は彼を介抱していた。
「助かったからいいものの、あんな無茶しやがって。」
 躯は彼の腕に包帯を巻きながらしみじみ言った。小さい体の割に彼は喧嘩が強かった。しかし相手は数人で、しかも大きく屈強な男ばかりだった。勝ち目はなかった。躯が隙を見て車を出して彼を乗せ、ようやく逃げてきたのだった。
「勝ち目ないのわかってただろ?馬鹿だな。」
「・・・だけどあの時はそうするより仕方なかったろうが。」
 ベッドに横たわったままで彼は答えた。満身創痍だった。全身傷だらけで、唇も切れて血が出ていた。彼のボロボロのTシャツとデニムは、あちこち破けてさらにボロボロになった。
「こうやってお前介抱するの二度目だぜ。少しは自分を大事にしたらどうだ。俺なんてほっとけば良かったのに。」
「俺が引き返さなかったら、お前どうなってたかわからないぞ。」
 飛影はそっぽを向いた。
 躯は相手の見当がついていた。光也の熱狂的ファンには、ああいうことをしそうな危ないのも何人かいた。そのひとりの差し金だろう。
「今までも光也のファンから脅しの手紙や電話が来たことはあったが、実力行使に出られたのは初めてだ。」
 飛影は躯の顔を見た。
「・・・それでもあいつと別れないのは、それだけあいつに惚れてるってことか。あいついい男だもんな。」
「・・・いや、そんなのに屈するのは俺の主義じゃないってだけだ。」
「あいつ格好良かったな、ギター弾いてるとき。」
 唐突に彼はそう口走った。
「曲も自分で作ってるんだろ?天才だよな。俺は男だけど、お前が惚れるのもわかる気がした。」
 俺とえらい違いだ、そう言いそうになって飲み込んだ。躯は何も答えずに、ただ彼の顔を見ていた。
「もう俺寝るから帰れ。」
「・・・わかった。ところで今日のことは・・・」
「黙っとけってことだろ?わかってる。」
 そう言うとすぐ彼は眠りに落ちた。彼が完全に寝入ったのを確かめて、躯は彼の耳元で囁いた。
「お前格好良かったぞ、飛影。」
 
 こいつは優しすぎるんだ。自分のこともままならないくせに。そんなんでこの世界で生きていけるのかよ。クソ真面目で不器用で一生懸命で・・・。だから、お前が愛しい。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ