パラレル飛躯二次創作

□LOVE IS SUICIDE
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 翌朝、飛影が大教室での授業開始ぴったりの時刻に席に着くと間もなく、ミニ丈のデニムのサロペットスカートを着た躯がすました顔で隣の席に腰を下ろした。何でもないようにテキストとノートを広げ始める躯に飛影は驚きを隠せなかったが、躯は平然とした顔で彼を見た。
「おはよう。」
「・・・何で。」
「どした?」
「何で隣座るんだよ!?昨日断ったろうが。」
「・・・ああ。」
 躯はクスリと笑った。
「お前、俺がそんなあきらめいいと思ってたわけ?」

 それからも毎日ほぼすべての授業で躯は彼の隣に陣取りつづけ、飛影は落ち着かない日々が続いた。講義の間は静かにしてくれるからいいものの、授業の合間には必ず話しかけて来る。無視すると今度は返事をするまでこづかれる。
「お前、俺のこと嫌いか?」
 ついに躯は少し怒った顔で聞いてきた。
「・・・・。」
 そっぽを向いたまま相変わらず無視を続ける飛影を見て躯はため息をついた。
「おかしいな。俺、男には好かれる方だと思ってたのに。」
「うぬぼれんなクソアマ。」
 たまりかねて飛影が口を出すと躯は喜んだ。
「なぁたまには昼、俺と食べてくれよ。」
「昼は雪菜が弁当持ってきて一緒に食べるんだ。知ってるだろ。」
「ああ、知ってる。」
 雪菜は飛影とは学部が違うのだが、昼には必ず手作りの弁当を持ってきて兄妹ふたりで昼食をとるのだ。
「でも俺だって毎日お前に弁当作って持ってきてるのに。もうずっと無駄になってるけど。」
「しつこいんだよお前。随分前にはっきり断ったのに、いつまでもつきまとうな。」
「今日も妹と帰るのか?」
「もちろんだ。」
 躯は寂しそうな顔をした。
「なんでお前らいい歳してそんな兄妹でベタベタしてるんだよ。普通じゃないだろ。」
「よそと比べる必要はない。俺は雪菜が大切なんだ。雪菜も俺を大切にしてくれている。」
「・・・そりゃそうかもしれないけど。」
 長い睫毛を伏せた躯の表情が切なくて、飛影はうろたえた。
「俺だってお前のことが大切なんだ。こんなに好きなのに、なんでわかってくれないんだよ。」
 飛影はよろめいて思わず椅子から転げ落ちそうになったが、なんとか留まった。
「・・・ってかお前えらいモテるって話じゃないか。まぁ確かに別嬪だしな。俺なんかにこだわらなくても、他にいくらでも男いるだろう。よそに行け。」
 躯は困ったように笑った。
「俺も残念だけど、お前みたいな奴、他にいないんだ。」

 雪菜は気が気じゃなかった。躯に告白された日以来、兄の様子が明らかにおかしい。雪菜が話しかけてもいつも上の空で、夜もあまり眠れないようだ。兄の好物ばかり作った食事も弁当も、ほとんど食べてくれない。ふたりで大学構内を歩いているときはいつもソワソワと落ち着かない。先日など真剣な顔で
「雪菜、俺本当に学生の間は彼女作っちゃいけないのか。」
 と聞いてきた。
「もちろんよ。学生は勉強に専念するべきだわ。」
 彼女がきっぱり答えると、
「もう大学やめてしまいたい。」
 などととんでもないことを言い出す始末だった。おかげで彼女の心もあの日以来ずっと落ち着かない。不安でつい兄を今まで以上に束縛してしまう。あのおかしな女が兄につきまとっているのは知っていた。もしかしたら色仕掛けで兄に迫ったりしているのだろうか。あの女ならやりかねない。
「お兄様、あの躯さんって人、すごい遊び人だって友達が言ってたわ。」
「ああ・・・うん、そうか・・・。」
 兄の暗い表情があんまり苦しそうで、彼女の胸も苦しくなった。

 その日すべての授業が終わって、いつものように躯が飛影に執拗に話しかけていると、雪菜が現れた。いつもならここで躯を残しふたりで連れ立って帰るのだが、今日は違っていた。
「あなたにお話があるの。ちょっとお時間頂けません?」
 雪菜は躯の目をまっすぐ見据えて言った。その目からは何の表情も読み取れず、あくまで穏やかで礼儀正しい態度だった。
「・・・ああ、俺もちょうど一度話したいと思ってたとこだ。」
 そう言って躯も席を立った。口調は穏やかだったが彼女の目は険しかった。
「おい、雪菜」
 飛影も慌てて席を立ったが妹に止められた。
「お兄様はここで待ってて。」
 有無を言わせぬ口調に兄は仕方なくまた腰を下ろした。ふたりはそれきり黙って教室を出た。

 ふたりきりになってすぐ雪菜は鋭い口調で切り出した。
「兄にちょっかい出すの、やめて頂けませんか。兄はきちんとお断りしたはずです。率直に言って、とても迷惑しています。あなたの気まぐれに付き合わせないで下さい。」
 今や雪菜の目はすっかり冷たく据わっていて恐ろしいほどだったが、躯は全く動じなかった。
「気まぐれなんかじゃない、俺は本気だぜ?ところで俺もお前に言いたいことがある。」
 躯も冷ややかな目で挑むように彼女を見返した。
「・・・何ですか。」
「兄妹でいつまでもベタベタするな。なにがお兄様だ、気持ち悪い。もうそんな歳じゃないだろ。兄貴もお前もいっぱしの大人だ、恋人くらい作ったって構わないだろう。お前も兄にいらん干渉するな。」
「あら、もしかして私のせいで振られたとでも思ってるの?兄があなたに興味を示さないのはあなたに魅力を感じないからよ、私のせいじゃないわ。見苦しいわね。」
「フン、言ってくれるじゃないか。」
 躯は顎をぐいと上げた。
「とにかく俺はもうあいつに決めてるんだ。覚悟は出来てる。あきらめる気はさらさらない。俺はあいつとうまくやってける自信がある。お前らの歪んだ兄妹愛が邪魔してるんだ。」
 これにはさすがの雪菜もカッとなり、それまで保っていた冷静さが失われた。大きな目をいっぱいに見開いて叫んだ。
「あなたなんかにお兄様の何がわかるって言うの!?私達はもう18年、いえもっと前からずっと一緒なのよ!片時も離れたことはないわ!あなたなんかにお兄様を奪われてなるもんですか!どうせ兄をもてあそんで楽しんでるだけなんでしょ!?あなたなんかより私のほうがずっとお兄様を知ってるし愛してるわ!!」
 言い捨てて兄の下へ駆け戻る雪菜を躯は複雑な表情で見送った。
「・・・どうやら重症なのは妹のほうみたいだな。」

 飛影が廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が耳に入った。
「・・・俺は何もしてない、本当だ。」
「嘘つき!あんたのせいで私・・・!!」
 ザバッ!!と水をひっくりかえしたような音がした。生憎、その声は廊下に面した女子トイレから聞こえてくるので姿は見えないのだが、複数の女達の騒ぐ声が聞こえる。他はわからないが、声の主のひとりは間違いない、躯だ。
「あんたがひとの彼氏にちょっかいかけたから、彼、私と別れるって・・・あんたのせいよ!!どうしてくれるのよ!!」
 その後はすすり泣く声が響き、他の女たちの慰める話し声とこづくような音が続いた。
「俺はちょっかいなんてかけてない。あの男がうるさくつきまとってきただけだ。俺は相手にしなかった。」 躯の声がして、その後バシッ!!と平手打ちの音がした。
「なによ男好き!!男と見たら片っ端から色目使ってるくせに!!」
 激しい嗚咽が続いた。
「おい、いい加減にしろ。」
 飛影が堪りかねて廊下から声をかけると、ざわつく声が聞こえ、やがて泣き崩れる1人の女とそれをなだめている2人の女達が連れ立って出てきて、慌てて走り去った。
「・・・躯、いるんだろ?出て来い。」
 しばらく待ってやっと躯が出てきた。全身ずぶ濡れで青白い顔でうつむく躯を見て、飛影は無言で彼女の腕をぐいと引っ張り隣の空き教室に連れて行った。

 生協に買いに走ったバスタオルで、飛影は躯のぐしょぐしょの体を包み込んだ。白の半袖シャツも、カーキの短いミリタリースカートも、濡れてべったりと白い肌に張り付いていた。そっと水気を拭ってやっても、躯は礼を言うどころか彼の顔さえ見ずに暗い顔でうつむいたままだ。躯の柔らかな短い髪をわしゃわしゃと拭きながら、飛影は尋ねた。
「で、どうした?」
「・・・何でもない。」
 幼い少女のように頼りない声だった。
「何でもなくはないだろう。」
「聞かないでくれ。」
 躯の顔を覗き込むと、今にも泣き出しそうに固く唇を噛んでいた。
「あんなやられっぱなしでいなくてもいいだろう。少しはやり返せよ。」
 飛影がそう言うとやっと顔を上げた。目は潤んでいるが口調はしっかりしていた。
「いつもならやり返すんだ。だけどあの女があんまり取り乱してて・・・。」
「・・・同情したのか。それで反撃しなかったのか。」
 躯は無言でバスタオルを握りしめていた。
「・・・まぁこれに懲りて、男遊びはほどほどにしろよ。俺だっていい迷惑だ。」
 飛影が立ち上がると躯がその腕をぎゅっと掴んだ。訴えかけるように大きく目を見開いて彼を見上げた。
「それは違うんだ。それだけはわかってくれ、飛影。」
「何が違うんだ。」
「俺は男遊びなんて全然してない。なんでそんな噂たてられるのかさっぱりわからないが、俺は飛影だけなんだ。今までもこれからも。」
 躯の声はかすかに震えていた。
「どうせいろんな男にそんな台詞言ってんだろ。」
「違うんだ・・・。」
 飛影から手を放し、ついに顔をくしゃくしゃにしてしゃくりあげる躯に、飛影は途方に暮れた。
「おい、泣くなよ。わかったから。」
「・・・本当に?」
「ああ。」
 ほっとしたようにまっすぐ彼を見つめる目に、飛影は胸が締め付けられる思いだった。
「だいたいそんな格好で歩き回ってるから誤解されるんじゃないのか。」
「・・・そんな格好?」
「・・・スカートが短すぎる。」
 ぼそりと言い捨て飛影は慌てて教室を出て行った。

 その日の夜、雪菜が部屋に戻ると兄がやたら真剣な顔で待ち受けていた。
「ごめんなさい、買出しに時間かかっちゃって・・・。」
「雪菜。」
 呼びかける兄のきっぱりした口調に雪菜ははっとした。
「俺、躯と付き合うことに決めた。」
 雪菜は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「・・・え?・・・何を言ってるの?・・・お兄様!?」
「あれからずっと悩んでたが、もう決心した。お前はあいつが嫌いかもしれんが、お前に何と言われようと俺は躯と付き合うつもりだ。」
「嘘でしょ!?お兄様騙されてるのよ、弄ばれて捨てられるだけよ。」
「あいつはそんなんじゃない。それに俺はあいつになら弄ばれても構わない。」
「・・・どうかしてるわ、絶対駄目よそんなの!!私は許さないわ!」
「とにかくもう決めた。」
 それきり雪菜に背を向けて黙りこくる飛影を、雪菜は信じられない気持ちで見つめていた。
「・・・お兄様、あの人のことが好きなの?」
 少し間があってようやく答えがあった。
「ああ、すごく好きだ。」
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