パラレル飛躯二次創作

□I'M YOUR TOY
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 ・・・あっけないほどチョロかった。飛影は札束のぎっしり入った封筒を手に不敵な笑みを浮かべた。そもそも俺はあの女が初めから嫌いだった。確かにちょっとおかしいくらいきれいな女ではある。だが完璧な美女なんて俺は苦手だ。自分が釣り合っていないことは十分自覚しているので、こっちが萎縮してしまう。連れて出歩くにも気後れする。存在自体が不自然なんだ、完璧なものを俺は嫌悪している。しかもあの女、俺より幾らか背が高い。俺が普通より小さいので仕方なくはあるのだが。俺が22であの女は23だから歳もひとつ上だし、全く嫌味な女だ。
 それにお嬢様ってやつは知れば知るほど最悪だ。いかにも高級そうなヒラヒラしたドレスでいつもめかしこんで、あの服一着だけで俺の安月給1か月分くらいするのかもしれない。働きもせず、毎日エステだお稽古だショッピングだランチだと遊び暮らしている。暇を持て余して今度は身分違いの恋などというふざけたお遊びに手を出す始末だ、笑わせるぜ。少女漫画の読みすぎか、それともドラマや映画の影響か、頭がからっぽだ。まさかあんなに簡単に騙されるとは驚いた。俺だって初めから自信があったわけじゃないし、こんなに上手くいくとは思わなかったんだ。
 あの女にあの公園で初めて出会った時、あの女が俺にひと目で参ってしまったのがすぐわかった。俺は背が低く甘いマスクでもないし愛想だって良くない。だがおかしなことに、そんな俺にすぐ本気になる女が今までも何人かいた。俺はそんな女達のことはくだらないと思ったし、躯が俺にひと目惚れしたことがわかって正直うんざりした。だがあの女の着てる服も靴も、ひと目で高級品とわかる極上のものだった。バッグは妹に最近話を聞いたばかりでたまたま知っていたが、エルメスのバーキンという奴だった。俺の妹には一生買えないであろう、目玉が飛び出るほど高価な代物だ。肌も髪も十分手入れが行き届き、まるでお姫様のようにおしとやかで上品な話し方や身振りをしていた。これじゃ誰だってわかる、こいつは正真正銘のお嬢様だ。俺は貧乏でひどく金に困っていた。喉から手が出るほど金が欲しかった。この女は利用できる、そう思ったのは至極当然な流れだった。

 そう、本当に、馬鹿な女だった。行きつけのラーメン屋でいつもの安いラーメンをすすりながら、飛影は躯のことを考えていた。この店にも躯とよく来たものだ。あんなお嬢様には到底似合わない店だが、彼がおごってやれる値段の店となると選択肢は少なかった。それでも躯は文句ひとつ言わず、美味しそうにいちばん安いラーメンを一緒に食べてくれた。彼女はこの地味で小汚い店には華やかすぎてどうにも目立ち、気恥ずかしかった。寂しい店に大輪の花が咲いたようで、みんなが彼女に見とれた。だけど彼女はそんなことには馴れっこになっていて、ちっとも構わない。どんなにいい男が彼女に色目を使ってきても、彼女はいつも飛影だけを見つめていた。箱入り娘でうぶなせいか頭がショートしているに違いないとは思うものの、そんな時の彼女の眼差しはとても優しくて、飛影は戸惑った。計算ばかりしている自分が嫌になる純粋な視線を直視できず、彼は目をそむけた。
「どうして目をそむけるの?私を見て。」
 潤んだ瞳で彼をじっと見つめて彼女は言った。
「そう見つめ合ってばかりいてもみっともないだろ。」
 そう言うと、彼女は口を尖らせた。
「そんなことない。だってずっとこうしていたいんだもの。」
 ときどき彼女はこういう耳が痛いことを言う。
「永遠なんて信じる方が馬鹿だぜ。」
「そう?私はずっとあなたと一緒にいるわ。」
 頭がおかしいんだ、この女。俺のことなんて何も知らないくせにこんなに熱くなって。だけど俺は罪悪感を感じないわけじゃない。それで全く自分らしくない慣れないキザな台詞を精一杯の甘い口調でささやく。
「愛してる。」

 ラーメン屋を出て、駅へ向かう道を両手をポケットに入れ脇目もふらず速足で歩いた。あの女がいた時は、この道もえらく時間がかかったものだ。ひとりだとぐんと速い。躯はいつも俺の手をポケットから引っ張り出してしまう。そうして自分の手をからめて、本当に嬉しそうに笑う。俺はこの女のすましこんだ完璧な美人顔が好きではないが、笑うとそれがちょっと崩れて愛嬌のある表情に変わる。躯の笑顔は悪くない、意外なほど可愛らしくてこっちが照れくさくなる。躯の手は俺と大きさは変わらないが、すべすべして冷たい。俺の体温で少しずつぬくくなっていく。俺は躯の手が好きだった。きれいな女は手もとてもきれいだった。駅で俺と別れるときいつも、躯はこの世の終わりってくらい大げさに悲しそうな顔をする。
「また明日も会えるんだ、そんな顔するな。」
 俺が躯の頬をざらついた手で包み込むと、少し顔を赤らめた。
「明日まで会えないのよ。長すぎるわ。」
「そんなわけないだろう。わがままだな。」
 俺が笑うと急にしがみついてきて俺の肩に頭をうずめた。
「おい公衆の面前だぞ、離れろ。」
「いや、離れない。」
 ・・・困った女だ。周りがみなジロジロこっちを見てるし、中には冷やかしてくる奴もいて、俺は冷や汗をかいた。くそ、どうしたらいい?女に不慣れな俺はこういう時の対処法を知らない。悩んだ末、また俺は馬鹿な台詞を口走る。
「会えないときも俺はいつもお前と一緒にいるから。」
 伏せていて顔は見えないが、躯の肩がわずかに震えた。
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