パラレル飛躯二次創作

□I'M YOUR TOY
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 仕事が終わるといつもの癖で携帯を取り出してしまう。当然だが躯からのメールは来ていなかった。躯に金をもらってすぐ、電話会社を変え、番号もメールアドレスもすべて変えた。躯と付き合っていた頃は、躯からの絶え間ない電話とメールに俺は毎日悩まされていた。俺は躯と違って仕事があるし、なにより面倒だ。俺はマメな性格ではない。だが金のためだと割り切って短い返事だがなるべく返すようにはしていた。やっと解放され、非常に嬉しい。あの女のメールはいつも、くだらないことこの上ない。
「愛してる?」
「結婚式はいつにする?」
「いつご両親にお会いできる?うちの両親にはいつ紹介しよう?」
 ・・・そんなのばかりだ。正直言って俺には辛い質問が並んでいる。その点ではメールはむしろありがたい。面と向かって言うよりずっと楽に嘘が言える。
「もちろん愛してる。」
「式は俺は今日でも明日でも構わないくらいだ。お前は準備に時間がかかりそうだからそうはいかないだろうが。」
「お前の両親に挨拶に行きたいのはやまやまだが、俺みたいな男を果たして気に入ってもらえるか正直不安だ。」
 俺はなかなか嘘をつくのが上手いな。まぁしかし、嘘なんてもともと性に合わない。つかないで済むほうがよっぽど生きやすい。あいつと別れて直接にしろメールにしろ嘘をつくことがなくなり、とても晴れやかな気分だ。
 だけどあいつの「おつかれさま」や「おやすみなさい」のメールがちょっと恋しくなることがある。

 電車に乗って病院に向かう。そういえば躯とはついに一度も一緒に電車に乗ることはなかった。俺はまた躯のことを思い出していた。お嬢様育ちのあいつは車好きで、常に車移動だ。俺は恥ずかしい話だが、車を持っていないどころか免許も持っていない。もちろん俺だって車も免許も欲しいに決まってるが、なにしろ金がない。そんなわけで俺はプライドをズタズタにされながら、毎日あいつの運転するピカピカのスポーツカーに乗っていた。もちろん高級外車で身分不相応な俺はどうにも落ち着かなかった。
 あいつの車に初めて乗ったときは本気で腰を抜かした。いや、だって、あのおしとやかなお嬢様の躯が・・・スピード狂だった。ハンドルを握ると人格が変わる。俺が助手席に座った途端に急発進、目が回りそうな絶え間ない割り込みに追い越し、スピードを出せる道ではぐんぐんアクセルを踏み、カーブでもスピードをさほど緩めずグイと曲がり・・・俺が口をあんぐり開けて怯えた目で見ているのにも運転に夢中で気付かない。
「おい、俺を殺す気か。」
 急ブレーキで頭を思い切り座席にぶつけ危うくムチウチになりかけた時、ようやく俺は声をかけた。それまで驚きのあまり口をきくことさえ出来なかったのだ。それでやっと躯ははっと我に返り顔を赤くして慌てた。
「ごめんなさい、私、運転が荒くて・・・。」
「荒いなんてもんじゃないだろう。自殺願望でもあるのか。」
「・・・本当にごめんなさい。」
「自殺ならまだいいが、これじゃ立派な殺人マシーンだ。改めろ。」
 以後は俺の厳重な監視のもと、俺と一緒のときは躯の運転は少し穏やかになった。俺だってまだ死にたくない、自分の身は自分で守らなければならない。躯にしてももっとマトモな運転をしないと早死に間違いなしだ。
 ・・・でもこいつとなら心中しちまってもいいな。実はひそかにそう思っていた。

 病院の雪菜の病室を訪ねると、妹はすっかり元気そうに起き上がっていた。雪菜は先日命をかけた大手術を終えたばかりだ。非常に難しい手術だと言われていたがその手術の第一人者である名医の手によって奇跡的に成功した。俺達のような貧乏人にはとてもじゃないが考えられない途方もない大金が必要だったが、すべて躯から巻き上げた金でまかなうことができた。雪菜の元気そうな姿を見るのが、俺は何より嬉しい。もう一生雪菜を失ってしまうんじゃないかと、少し前まで俺は思いつめていたのだから。
「兄さん、そろそろ手術代を出してくださった方のこと、教えてくれてもいいんじゃない?」
 雪菜が可愛らしく微笑んで俺にねだる。
「そいつが秘密にしといてくれって言うんだ。」
 雪菜はため息をついた。
「きっとすごいお金持ちの方なんでしょうね。」
「そうだ。大金持ちだからあれくらいの金額大したことないし、馬鹿みたいに気前がいいんだ。だからお前が気にすることない。」
「それでもどうしてもお礼に行きたいわ。絶対行くわ。」
 頬をわずかにふくらまし雪菜はむくれた。その様子を見ながら、俺は複雑な気持ちに襲われた。後悔?してるわけがない。あの金で雪菜は助かったのだ。俺にはどうにもできない金額だったんだ、仕方なかった。だけどもし俺が、身の破滅と引き換えに借金で金をかき集めていたらどうだったろう。そういう選択肢もあった。しかしそれでは雪菜を悲しませるだけだ、俺は雪菜をこれからも守り続けていかなければならない。
 実はもうひとつ選択肢があったのだ。つまり、躯に雪菜のことを話して金を借りれば良かったんじゃないか?きっと躯は快く貸してくれただろう。何でそうしなかったのか俺にもよくわからない。もともとあいつを騙すつもりで近づいて、それで日々辛い思いをしたが、なぜか他の選択肢が目に入らなくなった。というよりも、何も考えたくなかった。考え始めたら手に負えなくなりそうだったから。
 あいつと一緒に過ごすうち、俺は自分が揺らいでいくのを感じた。それに気付かない振りをするのに必死だった。
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