パラレル飛躯二次創作

□女優
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 ドラマの撮影現場で、彼女は涙に暮れていた。不治の病にかかっていた恋人が死ぬシーンだ。とめどなく溢れてくる涙をそのままに、彼女は声を嗄らして恋人の名を何度も必死に叫ぶ。
「躯ちゃん、すごく良かったよ。」
 スタッフに声をかけられるが、彼女は気のない返事をした。
「ああ、どうも。」
 正直、彼女自身はちっとも良かったなんて思っていない。彼女は演技が下手ではない。むしろ同年代の多くの女優達よりずっと上手だ。大笑いも苦悩の表情も嘘泣きも朝飯前だ。台本の覚えの早さには誰もが舌を巻く。だけど彼女はもともと器用な性質だから何でも人より上手くこなせる、それだけのことに過ぎない。自分が大女優になれるなんて思っていない、なりたいとも思わない。それだけの情熱が自分にはないのだから。
 飛影が満足そうにこっちを見ているのに気付いて、躯は胸を撫で下ろす。そんなに好きな仕事でもないのに辞めずに続けているのは、こいつと一緒にいたいから。どんなくだらない仕事でも手を抜かずに頑張るのは、こいつを失望させたくないから。飛影に「良かったぞ。」と誉められると仕事の疲れなんていつもすぐ吹き飛んでしまう。
「躯、お前はどんどん演技が上手くなるな。お前さえその気になればすごい大女優になれるぞ。」
 飛影はいつもそう言うけれど。
「俺はそんなものになりたくない。芝居だって全然好きじゃない。」
「じゃ、お前は何がしたいんだ。何になりたいんだ。」
 飛影が呆れ顔で尋ねると躯はいつも真面目な顔で同じ答えを返す。
「飛影の嫁さん。」
 アホくさいので最近は飛影はその質問をしなくなった。

 今日は女性ファッション誌の表紙の撮影もあった。慌しい撮影現場で、躯は真っ白のボリューミィなチュチュスカートを身にまとい、けだるい表情で射るような視線をカメラに投げかけた。彼女は女優としても売れているが、むしろモデルとして爆発的な人気を誇る。どんな服でも彼女が着ると最高に格好いい。今を感じさせる個性的で魅力的すぎるルックスと雰囲気で多くのファッション誌の表紙を総なめにしている、超一流のモデルだ。
「俺ってさ、女優なのか、モデルなのか?」
 彼女はときどきわからなくなる。
「女優だろ。まぁ両方と言ってもいいな。」
 適当に飛影は答える。
「タレントではないな、少なくとも。」
 彼女は考え込みながら言った。こんなに売れっ子なのに、彼女はバラエティ番組の類には一切出ない。雑誌や映画関係等のインタビューすら必要最低限に限られ、しかも飛影の細かいチェックと監視のもとコントロールされていて自由に話すことはできない。理由はただひとつ。彼女に自由に話させたら平気でとんでもないことを言い出しそうだからだ。「実は女優なんて仕事退屈で。」だの「ずっとマネージャーに片思いしてて。」などと話されたらたまったもんじゃない。大騒ぎになる。
「早く仕事辞めたい。飛影と付き合いたい。結婚したい。」
 彼女が嘆くと飛影はつれなく答える。
「それは一生叶わないから安心しろ。」

 飛影はひとり指定されたバーでぼんやりしながら事務所の社長を待っていた。躯が所属する芸能事務所の社長は飛影の伯父だ。大学卒業後入社した会社で、飛影は入社後すぐ上司と喧嘩して殴ってしまった。会社は辞めざるをえなくなり、彼の母が兄である伯父に泣きついてマネージャーの仕事を紹介された。初めは「そんな仕事絶対やるもんか」と思っていたが、自分が悪いことは重々承知していたので渋々事務所に出向き、それからもう3年が経つ。
「待たせたな。」
 社長がやって来て、カウンターの隣の席に腰を下ろした。赤ら顔のふてぶてしい顔の男で、堂々として貫禄があるのがさすが社長といった雰囲気だ。伯父ではあるが飛影にはまるで似た所がない。
「躯の仕事はますます順調そうじゃないか。あの子はうちの稼ぎ頭、ドル箱スターだ、お前もがんばれよ。」
 そう言って社長は嬉しそうにクックッと笑った。中規模な事務所だから売れっ子をたくさん抱えているわけではなく、躯は唯一のスターであり現在事務所の収入の大部分を彼女が賄っている。
 飛影はウーロン茶の入ったグラスをじっと見ながらうわの空で答えた。
「あいつ自身にはスターだという自覚はないし、やる気もないんだがな。芝居の勉強でもしたら変わるかと思って、実力派劇団の舞台を勧めてみたが・・・全然興味がないらしい。」
 社長はニンマリ笑った。
「だけどお前がいるからな。お前がいる限りあの子は仕事を辞めることはないだろうよ。変な男に引っかかることもないし、お前のおかげで助かっているよ。」
 そう言われて飛影はますます顔を曇らせた。
「おいお前、そんな暗い顔してまさか決意が鈍ったんじゃないだろうな?言っとくがお前はマネージャーだぜ、公私混同するなよ。今さら恋の悩みなんてよせ。あの子はお前に首ったけだが、あの子はスターだ。稀に見る才能の持ち主だ。お前が手出してあの子の将来を潰すなんて許されないぜ。わかってるだろうな。」
「・・・わかってる。」
 搾り出すようにポツリとつぶやいた飛影を見て社長は愉快そうにした。
「お前は本当に頼りになる奴だ。」
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