パラレル飛躯二次創作

□女優
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 今日は映画の撮影があった。ホラー映画で、躯は恐怖におびえるヒロインを演じる。大事なのは観客の恐怖をあおる演技をすることで、それは彼女にとっては難しくない。手堅くさっさと終わらせよう、そんなやっつけ仕事のつもりで彼女は今日も仕事に向かう。
「カット!」
 いちばん大切なハイライトのシーンで、監督の怒声が響いた。この映画の年配の大監督は役者の演技に厳しいことで有名だ。天下の売れっ子女優である躯にも容赦なくダメ出しをする。
「躯、君ね、演技は確かに上手だし、なんとなくその場に合った演技しとけばそれなりに見えると思ってやってんだろ?なんかね、それが透けて見えるんだ。君の取り繕った演技に騙される観客はきっと多いとは思うよ。だけどわかる人にはわかる。特に映画はスクリーンで大写しになるしね。とにかく僕はこんな演技許さない。僕の映画ではうわべだけの芝居はしないでくれ。役になりきれない役者はいらないんだ。無理なら降りてもらう。」
 そんなことを言われたのは初めてで、躯は困ってしまった。彼女は華と個性と人並み以上の演技力が備わっていたし、それに何より絶大な人気があったから、今まではどの監督も彼女をちやほやするばかりだった。
「すみません。やり直させて下さい。」
 何度やり直してもOKは出なかった。

「何なんだ、あの監督。」
 飛影は怒りで顔を真っ赤にして手にした台本を握りつぶしていた。
「おい、俺の台本つぶすなよ。」
 躯は素早く飛影の手から自分の台本をひったくった。
「お前は悔しくないのか、あんな好き放題言われて。」
 飛影が躯を見ると躯は寂しそうに笑った。
「だって仕方ないじゃないか、本当のことなんだから。俺の仕事に対しての甘さを見破られたんだよ。」
「だからってあんな言い方しなくても。」
 飛影はまだ怒りが収まらなかったが、躯は優しい目で彼を見て言った。
「俺は女優なんかじゃない。飛影、お前だって本当はわかってるんだろ?俺は器用に与えられた仕事をこなしているに過ぎないんだ。」
 やけに素直に話す躯に、飛影は少し驚いた。
「泣けって言われたら泣く。笑えって言われたら笑う。怒れって言われたら怒る。その繰り返し。だって本当は馬鹿馬鹿しいと思ってるんだ、なんで本当に悲しいわけじゃないのに悲しいフリをしなきゃいけないんだ?なんで嬉しくもないのに嬉しいフリをしなきゃいけない?そんなの俺の趣味じゃない。俺は女優は向いてないんだ。モデルならまだいいけど。」
 言葉を切って、躯は飛影をじっと見た。
「それにきっと俺が女優だからお前は・・・。」
 飛影は何も答えなかった。 

 ある休みの日曜の夜、飛影は躯に電話で呼び出された。マンションの部屋でドアを開けた躯は、彼を見て目を輝かせた。風呂上りらしくタオルを肩にかけて髪は濡れたままだった。
「よく来てくれたな。」
「何言ってる、お前が勝手に呼び出したんだろ。何の用だ。」
「実は用なんてない。」
 床にあぐらをかいて嬉しそうに笑う彼女を見て彼はため息をついた。
「用もないのに呼び出さないでくれないか。」
「だって暇だったし、お前に会いたかったし。」
 飛影は彼女を無表情に見下ろした。
「友達と遊びに行けばいいだろ。」
「みんな彼氏とデートだとさ。俺もそうしたいのはやまやまなんだが、相手が変わり者でね。」
 そう言って彼をじっと見つめるので彼はどうにも落ち着かない。
「なんだよ、そんなジロジロ見るな。」
「お前スーツよりそういう格好のがずっと似合うな。」
 今日はオフだったから飛影はTシャツにデニム姿で、そんな飛影を躯は好ましげに眺めている。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと髪乾かせよ。風邪ひいたら仕事にならんぞ。」
「だって面倒だから。夏だしいいだろ。」
「良くない。お前が仕事に穴空けたらどれだけの人に迷惑かけると思ってるんだ。俺は謝罪に走り回らなきゃいかん。自覚を持て。」
 躯が聞く耳を持たない様子なので、飛影は諦めて自分で洗面所にドライヤーを取りに行った。
「動くなよ。」
 躯の後ろに一緒に座り込んで彼女の髪にドライヤーを当てはじめた。
「なぁ、飛影。」
 飛影に短い髪を掻き撫でられながら、躯は呼びかけた。
「俺、今日寂しかった。」
 飛影の手が止まった。
「いつも仕事ばかりしてるのに、滅多にない休みなのに、ひとりでずっと部屋にいた。」
「・・・出かけりゃいいじゃないか。」
 飛影がぶっきらぼうに答えると彼女は飛影のほうに向き直った。
「だってお前が俺の相手してくれないから。」
「俺じゃなくて他の奴に頼め。」
「俺はお前じゃなきゃ嫌なんだ。」
「わがまま言うな。」
 今にも泣き出しそうな躯を見ると胸が痛んだ。
「とにかく、向こう向け。あと少しで終わるから。」
 おとなしく従って躯は彼に背を向け、飛影はまた彼女の髪を乾かし始める。きれいで柔らかな細い髪。洗い立ての甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「躯。」
 彼女の髪に手櫛をかけながら飛影は優しく呼びかけた。
「お前、彼氏作ってもいいんだぞ。スターなんだから、お前に釣り合うような人気若手俳優だとか、そういう奴を選べよ。真面目な奴じゃなきゃ駄目だ。悪い男もいるから気をつけろ。それからちゃんと事前に俺の承諾を得て、紹介するのを忘れるな。」
「そんなこと言うな。」
 躯の声が震えた。飛影はドライヤーのスイッチを切った。
「終わったぞ。おい、泣くな。」
「だって。」
 顔を歪めて泣きべそをかく躯の顔を飛影は寂しそうに覗き込んだ。
「俺はお前のマネージャーなんだ。」
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