美男子探偵蔵馬シリーズ(ミステリ)

□変態鴉殺人事件 前編 <美男子探偵蔵馬2>
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「おい、金払いの良さそうな仕事があるぞ。」
 ある午後、依頼の手紙をより分けていた飛影が蔵馬に声をかけた。
「俺は報酬にはあまりこだわらないんですがね。興味のもてる事件かどうかが最優先です。」
 蔵馬は若干冷たい目で飛影を見たが、飛影は手紙を読むのに集中していてロクに聞いていなかった。
「2日前、まだ若い資産家の女が飛び降り自殺したらしい。親族一同の食事会の最中の死で、巨額の遺産がからんでくるから怪しく思った親族からの依頼だ。どうもこの金持ちのまたいとこは、自殺じゃなくて他殺だったんじゃないかと疑っているようだ。食事会を脱け出した誰かがお嬢様を後ろから突き飛ばしたと。まったり出入り自由な食事会だったらしいな。」
「はぁ、ありがちですね。身近な人の突然の死を信じられないだけですよ。」
 蔵馬は明らかに興味がなさそうにそっぽを向いたが、飛影は気にせず勝手に身支度を始めた。
「おい愚図、さっさと出かけるぞ。こんな金持ちの依頼を逃す手はない。」
「あなた、いつからそんなにお金に汚い人間に成り下がったんですか。」
 ボンボンの蔵馬はうんざりとした表情を浮かべた。
「雪菜が戻ってきたら、楽な生活をさせてやるんだ。そのためにはまず金だ。」
「はいはい、そう言われたら断れませんね。」
 あきらめて蔵馬も重い腰を上げた。

 自殺した若い資産家女性、加賀谷美咲のお屋敷はふたりの想像を遥かに越えた立派すぎるほど立派な洋館だった。蔵馬の身長の倍以上もある高さの豪華な門と、そこから続くまるで大きな国立公園かと思われるだだっ広い庭に、飛影は目が回る思いがした。
「トガワの屋敷もすごかったが、上には上がいるもんだ。まるでどこかの王様の城だ。」
 飛影が思わずつぶやくと蔵馬も頷いて相槌を打った。
「ええ、これは本当にお城ですね。故人の祖父は不動産でひと財産作ったそうです。」
「生まれたときから大金持ちのお嬢様だったってわけか。いいご身分だな。」
 到着したふたりを、依頼主である佐久間薫が居間で出迎えた。20代前半と見られる彼女は故人のまたいとこであり、かつ親友でもあったという。地味な顔立ちながら、長い黒髪をハーフアップにし、上品なベージュのワンピースを着て素晴らしい本真珠のネックレスをしたいかにもお嬢様な彼女は、とめどなく流れる涙をハンカチで繰り返し拭いながら、一生懸命ふたりに事の顛末を話して聞かせた。
「美咲が自殺なんてあり得ませんわ。美咲が倒れているのを最初に発見したのは家政婦の明子さんでしたが、私は実際見るまであの子が死んだことさえ信じられませんでした。美咲はそりゃ恵まれていましたし、世をはかなむ理由なんてあるはずがないですもの。ほら、見てください、この写真の彼女。こんなに幸せそうに笑ってるでしょ?こんな子が自殺なんて考えられません!」
 見せられた写真には、テニスウェア姿でラケットを抱えた、健康的なセミロングの女性が満面の笑みで笑いかけていた。20代にしてはまだあどけなさが残っており、顔立ちは人並みに整っているものの、垢抜けなくて印象が薄かった。
「お言葉ですが、自殺ってそういうものですよ。まさかあの人が、とみんな思うんです。自殺するような人に限って周囲に悩みを打ち明けられなかったりしますからね・・・。」
 蔵馬が気の毒そうに言って聞かせると、彼女は憤然と言い返した。
「いいえ、美咲はいつも私に何もかも話してくれましたわ!こないだの失恋だって・・・」
「失恋、されたんですか?」
 蔵馬が聞きとがめて鋭く尋ねると、薫は顔を赤くした。
「ええ、でも・・・ごくありふれた失恋なんですよ。美咲、イギリスに留学してしまった恋人を追いかけて、渡英したんです。1ヶ月ほど一緒に住んでたんですが、彼がイギリス人の女の子を好きになって振られてしまって・・・美咲は半年ほど前に日本に戻ってきました。だけど美咲はいつも気丈に振舞ってて、私とも買い物に行ったりテニスや乗馬をしたり、いつも私達楽しく過ごしてましたわ・・・。あんな失恋くらいで自殺するような子じゃありません。」
「あなたにとってはその程度の失恋でしょうが、そういった失恋で自殺する女性なんていくらでもいますよ。」
「そんな・・・。そりゃ美咲はこちらに戻ってすぐは彼に何通も手紙を書いたり未練たらたらでしたけど、そんないつまでも引きずったりは・・・。」
「手紙を書いてたんですか?メールではなく?今時古風ですね。」
「ええ、彼に電話番号もメールアドレスも変えられてしまって。彼は部屋には電話を置いてなくて携帯だけでしたから、仕方なく美咲は手紙を書いてたんです。でも当然何度書いても返事はなくて、私は何度もやめるように言ったんですが・・・。ひと月ほどすると美咲は手紙の話をしなくなったので、もうあきらめたんだと思います。ああ、そういえば一度だけ、突然彼から返事の手紙が来たようなことを美咲が言ってました。日本に戻って二ヶ月ほど経った頃でしょうか。でもなぜかそれ以上美咲は話したがらなくて、詳しい話は私も知りません。」
「・・・そうですか。お話ありがとうございます。では俺達はこれから少し屋敷の中を調べてみましょう。」
 居間を出ると、今までひと言も発しなかった飛影がやっと口を開いた。
「なんだ、お前の言っていた通りだな。失恋が原因の自殺で間違いなさそうだ。」
「そうでしょうか。俺は徐々にですが興味が出てきましたね。」
「・・・本気か。お前の考えることは俺にはさっぱりわからんな。」
 蔵馬は飛影の顔を見てクスと笑った。
「あなたのそういうとこが俺は気に入ってるんですよ。」
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