パラレル飛躯二次創作A

□約束
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 一日の授業が終わるとすぐ、バサバサとバッグに教科書と筆記用具を手早く詰めて、誰にも挨拶せず躯はひとり早足で教室をあとにした。彼女はいつも必ずひとりで登下校する。彼女と一緒に歩きたいと熱望する男子生徒は多いが、誰かと話しながら歩くのは煩わしいと彼女はすべて断っている。どうせ学校では嫌でも他人に囲まれて共に過ごさなくてはならないのだから、その前後の登下校くらいは静かに済ませたいと思っていた。
 学校でも家でも、彼女はいつもイライラして、なぜだかちっとも落ち着かない。自分には何かが欠けている、それはぼんやりとだが自覚していた。問題なのはそれが何なのかまったく思い出せないこと。いや、もしかしたら思い出したところでどうにもならないのかもしれない。自分の半身がもぎとられたような、この奇妙な欠落感。肌をジリジリと焼くような、慢性的な鈍い痛み。
 昔はこんな風じゃなかった。こんな風にいつも何かに飢えてのた打ち回るようなことはなくて、生まれたばかりの赤ん坊みたいに汚れなく純粋で、すべてが完全に満たされていた。いつからこうなった?いつ失った?いつ忘れた?
 もやもやした気持ちを振り払うように、わき目も振らず大股で歩いて躯が校門に差し掛かると、後ろから初めて聞く落ち着いた低い声が彼女の名を呼んだ。
「躯?」
 声のしたほうを振り返ると、同じ高校の制服を着た小柄な男子生徒がひどく緊張した様子で彼女の顔をじっと見つめていた。その男子生徒の顔が、ついさっき授業中に彼女がいたずら描きしていた子供っぽい悪人顔とそっくり同じであることに、彼女は驚き戸惑った。もちろん高校生なのだから、絵の少年よりはどう見てもはるかに大人びている。だけど大きな吊り目、小さな鼻と口、逆立った黒髪、あの絵と特徴がひとつ残らず見事に一緒だ。
 彼は滑稽なくらいに真剣な口調で、昂ぶった神経を必死で抑えようとするかのように、慎重に言葉を続ける。 
「お前、躯だろ?ああ、間違いない、躯だ。・・・俺のこと、覚えているか?」
 しばらく彼女は彼の顔を見つめたまま目を大きく見開いて口がきけないでいた。突然呼び覚まされた古い記憶が、彼女の胸の鼓動を手に負えないほどに速めた。小さな震える声でやっとつぶやく。
「・・・思い出した。正直言うと、ずっと忘れてた。そうだ、お前は・・・飛影だ。」
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