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□月夜の献杯
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「いつまで、あの子に本当の裁判人の汚い姿を見せずにいるつもり?」
「黙れよ、ババァ。」
「失礼ね。まだ私は三十路になってないのよ。」
「アラサーってやつだろ。」
「失礼千万。」

そう言いながら隣にいる和泉はアルコールのためか、ケラケラと笑いながらバシバシを冷たい金属の手すりを叩く。
ガンガンッと響く金属の音が、とても不愉快だった。
夜空に輝く大きな満月が妖しく艶やかに、屋上にいる2人を照らしている。

「で?隠し通すにも無理があるわよ。いつか、あの子も気が付く。」
「もう、薄々勘付いている。」

あいつは、ふにゃふにゃと何もわかっていないようで、実は色々と考えている。
だからこそ、いつか、泉美の言うとおりに気が付くだろう。
裁判人という仕事がどれほど不公平で神の気まぐれなお遊戯に過ぎない、汚いものなのか。
だけど、あいつの純粋な心を俺のように荒んだものにしたくない。
その一心で、守ってきたつもりだったけれど、それでも、いつかは。

「でも、できる限り。」

そう言うと、泉美がワハハと笑った。
ふんわりとほのかにアルコールの香りが空気中に漂う。

「まだまだ青いわねぇ。」

たった一言。
たった一言、そう言われた。
でも、それは的を射ていた。
裁判人であるあいつを最後まで守りたいという気持ちは、完全に俺のエゴだ。
その瞬間。
グイッと予想外に横の方向に引っ張られた。
バランスを崩した俺はそのまま、不本意にも大人しくそちら側にスポッと収まった。

「何すんだよッ!」

気が付けば、三十路手前のおばさんの腕の中に自分がいた。
全力でもがくが、完全に力を封じられていた。

「あんたたちはさ、」
「あぁ?」
「まだ、子供なんだ。」
「なっ…!」
「ガキだよ。ガーキ。」
「黙れ!ババァ!もう、俺は17歳だ!」
「はんっ!私から見たら、お前らなんてまだまだガキだよ。お前が、ババァって言ってんだろーが。」

言い込められ、口をパクパクと開くものの、次の言葉が出なかった。

「だからさ、子供は子供らしく、お前らは無理しすぎるなってことだ。」

ニヤリと泉美が笑った。

「な?」
「うざっ。」

間髪入れずに、ぺっと言葉をはいた。
心配してもらうなんて、そこまで落ちぶれたつもりはない。

「こらっ!本当に、部下の前以外では失礼なやつねぇ。キャラ変え激しいよ!」

ツッコミを入れるように、泉美もいいリズムで返してきた。

「…でも。」
「うん?」
「…ありがと。」

それだけ言って、踵を返し大急ぎで屋上から立ち退く。
泉美の返事を待たずに、逃げた。
背後から、小さく「ガキ」と聞こえたような気がしたが、それは無視。
カンカンッと階段を下りて、みんなの待っている暖かい部屋へと向かった。







屋上に1人取り残され、溜息をついた。

「裁判人としての罪の意識、かぁ。」

独り言を呟く。
榊のガキがいれば、この言葉に対して大きく噛みついてきたことだろう。
“それを、絶対にひのりの前で言うな。”と。

「まぁ、そんなのいちいち考えてたら、やってられないわよね。」

自虐的に笑いながら、パーカーの大きなポケットに隠し持っていた酒の入った瓶を取り出し、栓を開けた。
キュポンッと気持ちいい音がして、瓶口からアルコール独特の香りが漂う。
ゴクリと大きく一口飲んで、アルコールを流し込んだ。
キリリと胃が痛んだが、気にしないことにして、気持ちよく息をプハーっと勢いよく吐き出した。

「…そうよね、光。」

ポツリと出た、追憶の中の人物の名前。
金属の手すりにもたれかかっていたのを、満月を見上げるように振り返る。
清々しい笑顔と生真面目な彼を思い出すたびに、胸がきつく締めつけられた。
高らかに瓶を空に掲げ、顔を上にあげる。

「献杯。」

短く呟いて、酒を一気に流し込んだ。
彼の二の舞を、彼らには踏ませない。
見てろよ、光。


【完】
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