short

□Fanatique
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地下鉄。

駅のプラットホーム。


帽子を目深に被り
伊達眼鏡を掛けて 電車を待つ。




女性「あの…」



私に掛けられたものではないと分かっていても、

すぐ側から聞こえてきた その控えめな声に
反射的に 視線がその方向を向く。




「…はい?」


応えたのは 私のすぐ隣に居た女性。



女性「あの、 もしかして、 宝塚の娘役さんですか?」



そのキーワードが耳に留まり、
視線だけを隣の女性に移す。



声を掛けられたのが
実際の生徒である私ではなく
一般の方だというのも面白い話だが、

彼女の姿を一目見た瞬間、 その訳にも納得出来た。



私の隣に佇んでいる その女性は
明るめの髪を綺麗に纏めて結い上げ、
細身で華奢なその体つきに
いかにも女性らしい 清楚なワンピースを着て
本を片手に携えている。


私の目から見ても '宝塚らしい' と思える容姿だ。




彼女は驚いたように笑いながら、 首を横に振る。


「いえ、 そんな。 違いますよ。」



女性「あ、 ごめんなさい。
すらっとしてるし すごくお綺麗だから、
そうかなー なんて思ってしまって。」

女性が 少しだけ恥ずかしそうに笑う。



「…でも、 すごく嬉しいです。
"宝塚の人みたい" って言われるようになりたいと
思ってたので。」



満面の笑みで そう話す彼女に、
女性の顔も 生き生きと明るくなる。



女性「私も! 宝塚が大好きで、
娘役さん達みたいな女性らしさを持ちたくて
日々 研究中なんです。」


「ふふ、 私も。
娘役さん達のヘアスタイルを真似して
髪のセットに何十分も格闘したりして。」



たった数分前に出会ったとは思えない程
仲良さげに微笑み合う2人。



お互いに見ず知らずだった2人を
引き合わせるきっかけとなった宝塚の凄さを
改めて感じて 何だか少し誇らしい気持ちになる。



自分の愛する宝塚を
大好きだと言ってくれる人が居る事が、

そして その人達の声を直に聞けている事が
すごく嬉しくて、 感動した。



今すぐにでも "ありがとうございます" と
2人に感謝の気持ちを伝えたい所だったが、
それは心の中で そっと呟く事にした。




女性「お話し出来て本当に良かったです。
やっぱり好きな物が同じ人とは気が合いますね。

それでは私、 ホーム向こうなので 失礼します。」



「こちらこそ、 お話し出来て楽しかったです。

いつか、 劇場でお会い出来たら良いですね。」



女性は 彼女の言葉に 嬉しそうに頷いてから
その場を立ち去った。







駅員「間も無く 1番線に電車が参ります。…」







乗車位置へと向かうのか、
彼女が 私に背を向けて歩き出す。


その後ろ姿にさえも 娘役らしい華を感じるというのは
私の思い過ごしだろうか。



彼女から目を逸らせないで居ると、
彼女が携えている本から
栞がひらひらと舞い落ちるのが見えた。




まるで 'それを拾うのは自分だ' というような早足で
栞を手にして、 彼女の小さな背に近付く。





望海「落としましたよ」





彼女が振り向く



私の前髪を揺らすビル風



ホームに入ってくる電車



大きな目を真ん丸に見開いて
両手で口を覆う彼女



電車の走る音がホームに響き
私達の周りの喧騒を掻き消していく。





「あ、 の… もしかして……」





初めて正面で捉える 彼女の顔。

やっぱり綺麗だ。





私は小さく、 でも出来る限り優しく微笑んで
彼女に栞を差し出す。






望海「電車、 乗り遅れちゃうよ… 行こ?」





栞を受け取り まだ動けないで居る彼女に
今度は 自分の右手を差し出した。





頬を桃色に染めて その手を見つめる彼女が
本当に可愛くて。






新しい出逢いの予感





自然に笑顔が溢れた。







Fin.

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