短編

□ある平穏な日
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『いい加減にして欲しいよ、まったく』

と彼は嬉しそうに笑った。



 〜 ある平穏な日 〜



何時からだろう。
勉強ダメ、運動ダメ、何をやってもダメダメな人間で有名な
ダメツナ事、沢田綱吉の回りがこんなにも賑やかになったのは。

彼の人のクラスメイトたる鈴木は思った。
それは一種の現実逃避と呼べる行為であり、目の前で繰り広げられる喧騒が彼の許容範囲を越えていたせいでもある。



まるで忠犬のようなハーフ
爽やかさの裏に黒いものをもつ同級生
恐怖の代名詞こと風紀委員長
人一倍明るく熱血な先輩
どこから入ってきたのか隣町の他校生

揃いも揃って見目の良い人達が、己の得物をもち本格的な戦いを繰り広げている現状を
ただ一言、賑やかで済ませることが出来る鈴木は大物かもしれない。
もっとも、彼はほんの少し皆の知らない事実を知っているだけの一般人でしかないが。

鈴木はひっそりと呟いた

「これで今月何回目だっけ……」

そう。
この現実離れした大バトルは今日始まったわけではないのだ。
最初の頃はクラスメイトも先生も驚き恐怖していたが
今ではもう慣れたもので
教室の角に固まったり、教室の外へ逃げる等、五人の攻撃を食らわないように避難するまでになった。

鈴木もそうやって慣れた人間の一人であるが、彼は自分の机から移動してはいない。
何故なら彼の前の席こそ
この教室でもっとも安全な場所であり
この大バトルの切っ掛けでもある沢田綱吉の席なのだから。

「確か、七回目じゃなかったかな?」

ふと、前の席から呟きに対する返答が返る。ダメツナである。

回答を思わぬ所から貰った鈴木はうろんげな目を、
不安そうにどこか焦った表情を浮かべている綱吉に向ける。

「どうかした?」

問い掛けてきた綱吉を鈴木は見やる。
表情も声音もダメツナのものであるが、鈴木は気付く。否、鈴木だけが気付ける。
数少ない事実を知る一人としての彼だからこそ気付ける。


その目の奥が愉悦の光を湛えている事に。

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