飛鳥シリーズ(杏)

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「……ずいぶんあっさりつられたな」

「成績は大事なんで」

何せ帰国子女合格だし。

今小学校の算数と中一の数学を平行でやっている私としては成績が少しでも上がるならなんでもできる。

――こんな所で立ち話も何だし。

「食堂にでも移るか」

「先生が奢ってくれるならいいですよ」


「ったく……俺に奢らせた生徒はこれで二人目だ」

「他にいたんですか」

「……まあな。そいつの話なんだよ」

担任はコーヒーカップをかたりとテーブルに置いた。

「一年E組芥川慈郎」

授業中堂々と爆睡する隣席の彼の事だ。

この残念な紅白歌合戦オタク容疑の掛かり始めている新米独身担任に何奢らせたんだろう。

というかどんな弱み握ったんだろう。

ちょっと気になる。

残念(以下略)が重々しく口を開いた。

「お前、あいつの世話係やってくれ」

がちゃり。

テーブルクロスに広がるカフェインの染みをハンカチで押さえながら私は正面の担任を睨んだ。

「絶対嫌です」

「内申上がるぞ」

……どうしようか。

成績が上がるのは非常にありがたい。

というか中学生初のテストで壊滅的被害を被るのはほぼ決定しているから、
内申くらいは上がってもらわないと困る。

――この好機を逃せはしない!!

茶色く染まったハンカチをぎゅっと握る。

……でも。

あの眠り魔の飼育係だ。

毎時間毎時間寝るか居眠りするかクラス抜け出して芝生で寝ているかのあいつの飼育係。

精神的にどれだけダメージ食らうか分からない。

それでも聞くだけで頭痛を起こす授業の数々を思い出せば選択肢はひとつしかなかった。

「……受けます」

独身担任はへにゃっと力なく笑った。

「……助かった忍足……。……俺の事恨むなよ」

え、何ソレ。

どういう事?

口を開いた時にはふらふらと遠ざかる新米の背が小さくなっていく所だった。

(……何これ)

先程まで担任が座っていた椅子の下に落ちていた紙を拾い上げる。

「……要観察内部進学生についての諸注意……?」

ずらずらと並ぶ名前と取り扱い上の注意(語弊があるとは思わない)が並ぶ中、
見覚えのある四文字を見つけて私は蟀谷(こめかみ)を揉んだ。

「芥川、慈郎……」

そんなに最悪な生徒なのか取り扱い書に『成績劣悪やる気なし稀にテンション崩壊すぐに寝る』と手書きで書き殴られる程。

……もしかしなくても判断甘かったか。

私はため息をついて紙を八つ裂いた。


……そんなこんなで、私は芥川慈郎飼育係としてクラスの影でだらだらと過ごすようになった。

普段は授業中慈郎を叩き起こし、テスト前はノートを片っ端からコピーして徹夜でムースポッキーを餌に叩き込む。

私はもう平均点以上の成績を取れるようになっているのに、芥川世話係からは解放されない。

ちなみに当時の担任は五回ほど見合いを逃したらしい。

一年のころクラスが違った侑士とは幸い二年、三年でも同じクラスになる事はなく。

殆どの同級生が私をテニス部レギュラーの忍足侑士の従兄弟だと知る事もなく。


とりあえず、平和な二年と少しが過ぎていった。
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