飛鳥シリーズ(杏)
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帰宅後、部屋の鍵を掛けた私は鞄から携帯電話を取り出した。
メールが届いていない事を確認し、短縮ダイヤル一番を押して呼び出し音を鳴らす。
時刻は午後八時。
電話の向こうのオーストリアでは、ちょうど学校の昼休み。
「彼女」なら携帯電話をポケットに入れて持ち歩くだろうから、すぐに出るだろう。
予想通り、コールは三回で途切れた。
「Hello」
英語のそれと同じ綴りだが微妙に発音の違う呼び掛けに、電話先の少女は弾んだ声で答える。
『先輩!? 飛鳥先輩ですよねっ!!』
「うん、私。今時間大丈夫? ……マリー」
『はいっ! 全然大丈夫です!! ……どうかしたんですか? 先輩から電話掛けてくるなんて』
……鋭いな。
苦笑する。
確かにやたら私に電話を掛けてきて一方的に喋りまくるオーストリア時代の後輩、マリーにわざわざ電話する事はあまりない。
「まぁ、ちょっとした情報収集。そっちの学校に去年交換留学した生徒を調べて欲しいんだ」
マリーは現在、氷帝の姉妹校で寄宿舎生活を送っている。
……正確には私が音楽学校を退学した直後に氷帝の姉妹校に転校してしまったのだ。
理由はよくわからない。
今まで何度も疑問に思っていたが、今日ほどマリーが転校していて助かったと思うことはないだろう。
『交換留学……全員ですか?』
「あー、一人だけでいい。“鳳”って姓の子」
『OTORI、ですね? 分かりましたっ、午後の授業中に調べときますっ!!』
……授業中!?
ちょっと待ったそれは……
「いや授業はちゃんと出てよさぼりはダメでしょそりゃ私も音楽たまにサボるけど………………切れた」
あの子はあまり人の話をよく聞かない。さらにハイテンションになったマリーを止めるのは難しい。
あの状態では授業くらいアッサリサボるだろう。
理由はよく分からないが、マリーはやたら私になついている。
こちらとしてはちょっと依頼したつもりが、彼女の中ではおそらく至上命令になったらしい。
おそらく今連絡して止めようとしたって電話すら出ないだろう。
参ったなぁ、と溜め息をつきながらも私は携帯電話をベッドの上に放り出した。