飛鳥シリーズ(杏)
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マリーと出会ったのは十一才の秋……私が自分の才能に疑問を持ち始めた頃だった。
今まで寮の同室で生活していた先輩が卒業した後に入ってきた、二つ年下の後輩。
フランス人の彼女はもともとドイツ語を母から習っていた私とは違い、まったくドイツ語が喋れなかった。
お互い辞書片手で必死に意思の疎通を図ろうとした事を懐かしく思い出す。
音楽のテストで伴奏し合ったり、うっかりおろそかにしがちの勉強を教えたり。
私もマリーと話すうちに簡単なフランス語が聞き取れるようになったし、久しぶりに時間を忘れて誰かと話す楽しみができた。
才能の限界を感じ始めていたピアノの練習が辛くても日本の帰国子女入試が始まるギリギリまで学校を辞めなかったのは、マリーがいてくれたからだ。
だから……
私がピアノを辞めて帰国すると告げた時の彼女の寂しげな顔は忘れられない。
使っていた楽譜を片端から処分していた時これだけは絶対捨てるなと押し付けられた連弾用の練習本は、今でも戸棚に閉まってある。