長編(文)

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□ 思い出とは違うから □


会場中に響き渡った悲鳴を夏月は遠い出来事のように感じた。

目の前で青い着物が視界から消えた。

着物を追うように下を向くと、政宗の端正な顔が苦痛を訴えるように歪んでいた。

「……政……宗?」

口から零れ出したのは自分の物とは思えぬ程、頼りない声。
その声に反応したように開かれた左の眼。
「夏月っ!」

「……ま、政……」

「……夏月、しっかりしろ。
アンタの役目はなんだっ」

「……っ、分かっている」

「ちょっと肩を貸せ」

夏月の肩に腕を置いて、政宗は立ち上がった。

「誰も動くな、小十郎と清だけこっちに来い」

よく通る声で命令をするが、夏月の耳には苦しそうな息遣いを感じる。
すぐ脇に近付けられた顔は、歯をくいしばって苦痛に耐えているようだった。

「俺は、この酒しか飲んでねぇ。
夏月、誰が触れた?」

「この酒に触った人は、あの人とあの人。盃には皐さんが触りました」

清一郎が夏月の手から酒瓶を受け取り、指に付けて舐める。

「せ、清……?」

「やっぱりな。
毒は盃に入れたな、皐さん」

「何を言っているの……清?」

「政宗様、貴方は気が付いていたんだろ」

清一郎が政宗を睨む。

意味が分からず、政宗と清一郎と皐を交互に見る。

皐の視線が小さく動いた。
夏月の身体は考えるより早く反応し、政宗を突き飛ばした。
皐の手に、鈍く光る刃物が握られ降り下ろされた。

刃は夏月の腕を切り付けるだけで終わった。
そのまま政宗の前に立ち塞がる。

「皐姐さん……何で……」

「夏月、どいて」

「っ、嫌です」

「じゃぁ、貴方も死んで……」

向かってくる切っ先を、服の下に隠していた小太刀で無造作に弾く。
皐の目に驚きが浮かんだ。

「どうして……皐姐さんっ」

目を合わせた皐の顔は怒りに歪み、夏月は初めて会った人のように感じた。

「そいつは……いや、そいつ等は、私の国を滅ぼして大きくなった。
ここに居る奴らは全員、奥州の事しか考えてないのよ」

「……」

「夏月、あなたも伊達出身だから分からないのよ」

「違うよ……」

「何が違うの」

「政宗は……奪った国の民まで傷つけるようなことはしない」

「そんなことないっ」

「そうだ、皐さんの方言は枯娜国だろ。
その国を滅ぼしたのは……政宗様の代じゃない。
多分……アンタの後ろに付いている人、政宗様の母親だろ」

清一郎の言葉で皐の表情が揺らいだ。

「……っ、そんな……政宗様が滅ぼしたって……」

「なんで……だって、政宗のことを近くで見てたのに……優しいって知っている筈なのに」

「……知ったから、悔しかった。
なんで、昔の私には……酷いことをしたのかって……」

「皐姐さん……」

涙を流した皐の手を離した。
途端、皐は走り出した。
夏月は何も考えず、追いかけ走り出した。

「待って!
なんで、皐姐さん……っ」

悲鳴に近い叫び声と共に皐に飛び掛かるが、投げられた何本ものクナイが夏月を襲う。
それを刀を使って叩き落とす。

「こんなの、私には通用しないっ!
もう投降してください」

「……」

「そうすれば、伊達軍も命までは取らないよ」

「……分かったわ」

皐は手に持ったクナイと、懐から小太刀を取りだし地面へ放った。
そして両手を揃えて、夏月に向かって差し出した。

「武器は捨てたから、捕らえたら?」

「はい……」

皐に近付き手首に縄を掛けようとした瞬間、腹部に痛みが走った。

何も持っていなかった皐の手にはいつの間にか、小さな刀が握られ夏月の脇腹に突き刺されていた。

「痛っ……」

痛みにふらついた所に、二発目が繰り出される。
後ろに飛んで避けるが、痛みで地面へ膝をついた。

「夏月はやっぱり甘いね。
こんな手に引っ掛かるなんて……」

「……なんで?」

「私、夏月が嫌いだったのよ」

皐は夏月に艶やかな笑みを残して去って行った。

その後ろ姿を見ながら意識を手放した。
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