log

□楽しいかどうか
1ページ/1ページ

オレンジ色に染まっていく空の下を一人、一乃は夕日に背を向けながら歩いて行く。
いつも歩いていたはずの道なのになぜだか違う道を歩いているような感覚にとらわれる。

いつも隣を歩いていたチームメイトはいない。

みんな、サッカーから目を背けたからだ。

フィクスセクターのサッカーに圧倒的な差を見せつけられ、負けた。

(…負けたのは俺のせいだ、セカンドチームのキャプテンなのに、みんなを傷つけた。だから、みんなサッカーをやめたんだ…)

そう思いながら足元にある小さな石ころを蹴る。

以外と遠くまで飛んだそれは、勢い良くで転がっていったかと思うと、すぐに速度を落として溝へゆっくりと落ちていく。


☆★☆

「神童ー、帰らないのか?」

そう言って、ちゃぷんと音をたて水を飲みながら霧野は尋ねた。

「…あぁ、もう少し練習してく。」

「ふーん…。じゃあ先に行ってるから」

無理すんなよ、と言い残し部室を出て行く。

(無理するな、か)

無理でもしないと、一年に…、フィクスセクターから来たあいつに、勝てない。 


絶対に。


この前みたいにボロボロにされるかもしれない、とボールを強く蹴った。

強く、強くならないと駄目なんだ。


無理をしてでも。
☆★☆
「…一乃?」

急に自分の名前を呼ばれおそるおそる後ろを振り向く。

「あ、やっぱ一乃じゃん。何やってんの?」

と、髪の毛を二つに縛っている少年、サッカー部の霧野が近づいて来る。

「別に、何もしてないよ…。」

そう答えると、興味なさげに、ふーん、と呟く。

「…そっちこそ、何か用?」

「別に、何も無い。ただ一乃がいたから声掛けただけ。」

「それだけかよ…。」

そのまま、会話は途絶えてしまった。
会話も無いまま二人は道を真っ直ぐに歩いて行く。

(…何で霧野は俺なんかに話し掛けたんだろ……。)

同じサッカー部だったから?

試合で負けてしまったから?

それとも、サッカーやめてたから、逃げたから怒りにきた…とか?

そんな考えが頭の中をぐるぐるとかき回っていると、急に頬に何かしらの冷たい感触があった。

「うわ…っ?!」

「お。目、覚めた?」

その正体はキンキンに冷えたペットボトルだった。

「目、覚めたかって…いきなり……。」 

「いやぁ…、悪い悪い。ごめん。」

そう言うと、いたずらっぽくあははっと霧野は笑った。

「お前、元気なさそうだったからさ。」

「そう…かな?」


「なんか悩みでもあんの?……もしかして、サッカーのこと、とか?」

「………。」

ついつい黙り込んでしまった。
霧野はそういうとこ鋭いから困る。

「…図星、か。ま、そうだよな。あんなことあったんだし。」

「……だって、俺のせいで負けたし、セカンドのみんなもサッカーやめていったんだ。俺がもっとしっかりしてればこんな事…。」

すると霧野はため息をつきながらこう呟いた。

「はぁ…。お前さ、馬鹿だろ?」

‘馬鹿’その言葉に少しカチンときた。
正直に思ったことを言ったのに、馬鹿と言われるとは。

「馬鹿とは酷くないか…?」

「だって、そうだろ。」

キッパリと霧野は一乃に言い放った。
歩いている足を止めると、霧野は意外なことを言った。

「本当、お前は神童そっくりだよなー。」

神童にそっくり…?

びっくりした。
まさか神童に似ていると言われるとは。
一体どこが似ているのだろうか。
サッカーのプレイだって一軍なだけあって上手いし、チームをまとめるのだって自分よりも上手い。

なのに、どこが似ているのだろうか。

「俺と神童のどこが似ているんだよ?サッカーだって俺より上手いし、信頼もされてるし…」
一体どこが、と言おうとした瞬間、霧野は指をビシっと一乃の前に立て、

「そう言うとこだよ…!」

と少し大きい声で言った。

「そうやって、一人で責任感じてうじうじ悩んでるとこ、あいつと一緒だ。もっと俺等を頼れよな。同じ二年で、サッカー部なんだからさ。」

少し乱れた息を整えると一乃をちらりと見る。

「…わかったか?」

「う、うん…。」

こいつのこんな姿を見たのは初めてかもしれない。

よし、と言いながら制服をパンパンと払うとポケットから紙切れを取り出し、一乃の手に握らせた。

「これ後で見とけよな。」

「は?何だよ…これ?」

「ま、見ればわかるからさ。じゃ、俺先に帰るからな。」

そう言いながら霧野はたたっと走って行った。

「……なんだろ、メモ?」

少しくしゃくしゃになった紙切れを目を凝らして読んでみる。

(明日…の放課後、グラウンド集…合?)



☆★☆


誰もいない放課後の教室、霧野は席に座って頬杖をつきながら黙々と学級日誌を書いている神童を見つめる。

(まだ終わらないのか…)

最近の俺は人間観察が趣味だ。
と言っても、特定の人物しか見てないけど。

「……霧野?」

俺の視線に気付いたのだろうか。
神童は、背を向けてた体を俺の方に向けると、何か用か?と言う。

「なんも無いけど?」

そう言うと神童は呆れながらため息をつき、前を向くと今まで動かしていた手をふと止めた。

「…あのさ、霧野。」

「んー?」

「言いにくいんだけど、……ある特定の人物が気になってしょうがない時ってお前、あるか?」

びっくりした。
一体なにを言い出すかと思えば…。

‘気になる’って好きとか、恋愛感情でって意味か?

だとしたら、こいつ…。

「お前…、好きなやつでもいんの?」

と、笑いながら言うと神童は顔を真っ赤にして俯いた。

「好き…とかじゃなくて…、ほっとけないっていうか、ついつい見ちゃう…感じ?」

いやいや、それが‘好き’じゃないのか…?

「ほら、好きなんだ。」

「! 違うからな、断じて。あいつはただ、一緒の部活だっただけで、別に好きじゃ…ない。」



不覚にも‘あいつ’が、俺だったらな、と思ってしまった。

「好きっていうのはさ…、」

霧野は神童に語りかけるように話す。

「触れたい、とか。一緒にいたい、とか…そう言う気持ち何だと思う。好きな人が他の誰かといて、それに妬いたり、近くにいるだけで幸せな気分になったり…。」

そう思ったことないか?と、霧野は神童に微笑む。

「それは……」

あると言えばあるし、無いと言えば無い。
そんな曖昧な気持ちだった。

窓の外を眺めながら神童は言った。

「…………一乃のことが気になる、あいつばっか見てる。」

「何で…?」

「わからない、けど気になってついつい目で追ってしまうんだ。それにあいつが他の奴と楽しそうにしてるの見てて辛いんだ。すごく。」


好きなんだな、と霧野は少し関心する。

(一乃いいよなぁ…。羨ましいよ。)







「なぁ、神童。明後日の放課後さ、一緒にサッカーしないか…?」


☆★☆


ありきたりな電子音が部屋に鳴り響く。
携帯電話のディスプレイにふと、目をやると、名前が浮かび上がった。

(霧野か…)

ボタンを押して携帯電話を耳にあてる。

『あ、神童?』

「…霧野、何かようか?」

『この前、放課後にサッカーしようって言ったろ?』

そういえば、そんな約束してたな、と神童は思い出す。

『それがさー、用事があって行けなくなった。』

「は…?」

行けなくなったって…。
お前が言ったことだろ、とため息をつく。

『ごめん…。あ、でもさ、俺の代わりになるやつに声掛けといたから。』

「誰だよ、それ…?」  

『ま、明日になればわかるから安心しろって。』

そう言い残すと霧野は短く、じゃあなと言って電話を切った。


「安心しろって言われてもな……。」  

あいつ、いつも肝心なことは言わないんだよなぁ…。

ぽすんっという音ともに携帯電話を自室にあるソファーに置いて腰を掛ける。


「…誰だよ……一体…。」
☆★☆

「起きないのかー…?」

と、青山は机にうつ伏せになりながら寝ている一乃に声を掛ける。

「ん…。」

と目を擦りながら起きると、

「あーあ。寝ちゃったな…。」

と呟く。

「うん。一乃、爆睡だった。」

早くお昼食べよー、とお弁当を一乃の前でぶらぶらと揺らす。

「…俺、今日は購買行って買ってくる。」

「購買?じゃあ、お茶買ってきてよ。冷たいやつ。」

「お茶?別に構わないけど…。」

「じゃ、早く行って来てよ。」

人使い荒いなぁ…と思いつつも自分の昼食とお茶を買いに行く。

(ま、いつも頼りになってるからこれくらいはな…。)

寝ぼけた頭を起こしつつ頼まれたお茶を自動販売機で買う。

ガコンッとお茶が落ちてくる。
その表紙で角が潰れたが、パックだからしょうがない。

(パンにしようかな…) 

トボトボと購買への道を歩いて行く。


前を見ずに歩いてしまったせいか、ドンッと人にぶつかってしまった。

「す、すいません……!」

すぐに頭を下げながら謝る。

が、相手からは何も反応がない。


怒られ…ない?

そう不安に思いちらり、とぶつかってしまった相手の顔を見る。

「い…一乃?」

「あ……、神童…。」

案の定、ぶつかってしまった相手はサッカー部のキャプテン、神童拓人だった。

☆★☆

「ふーん…。神童でも購買来るんだな。」

「でもって何だよでもって…。」

「え?いや…神童って購買とか来ないよーなイメージあったからさ。」

照れくさそうに頬をポリポリとかく。

「俺だって一応は来るからな、霧野とかと…。」

だよなー、と一乃は無邪気に笑う。

(でも、霧野か…。)

「一乃…?どうしたんだ、暗い顔して…。」

「な、何でもないからっ。」

一乃はブンブンと顔を左右に振る。


「そうか…。なぁ、一乃、俺さ、お前に言いたいことが」

ある、言おうとした瞬間

「あ。青山にお茶持ってかないと…!じゃあな、神童。」 
そう言いながら教室の方へ走っていく一乃を見つめる。 


(…って、俺。今あいつになんて言おうとしたんだよ……?)

と、疑問を浮かべるが、答えはもう決まっている。


(あー…、あの時引き留めてでも言うべきだったな、)



お前のこといつも気になってる。


好きかもしれないって。



☆★☆

誰もいなくなった放課後にただ一人だけグラウンドに残っている姿があった。

一乃だ。

霧野にグラウンドへ来いと言われ来たものの、彼が現れる気配は無い。

(霧野やつ、遅いな…)

そっちから誘ったのに、とため息をつく。

帰ろうか、そう思った矢先、後ろから足音が聞こえた。

ゆっくりと近ずいて来る足音に少し恐怖を感じながらも、おそるおそる後ろを振り返る。

「一乃……?」

そう言った人物は、約束をしていた霧野自身ではなく、少し戸惑いながらもこちらへ歩いてくる神童の姿だった。


☆★☆

(聞いてないぞ……?)


神童は少し、いや。かなり戸惑った。

霧野が呼んだ相手がまさか一乃だったとは。

「い…一乃、どうしたん、だ?」

声を少しふるわせながらも神童は言った。

「え…あぁ、霧野が放課後ここに来いって。」

だから来たんだ、と少し声のトーンを落としながら言う。

「…神童は何で来たの…?」

「俺も、霧野に呼ばれて、来た。」

「神童もか…。」

そう言うと一乃は霧野は?と訪ねる。

「来ないよ、用事があるってさ。」

神童がそう言うと、

はぁ、とため息をついて一乃はその場にしゃがみこみ、まじかよ…、と言いながら顔をうずくめる。

そんな態度を不満に思い神童はムッとなる。

「一乃は、俺より霧野の方がよかったのか?」

「! なんで…?」

「あいつが来ないって言ったらため息ついたから…。」

違う、とでも言うように一乃は顔をブンブンと横にふる。

「…………なんでだ?」

「言わせるなよ……。」

うずくめていた顔をより一層腕の中にギュっと隠すとそのまま黙り込んだ。


「…一乃、顔上げたらどうだ?」

「……………………無理。」

「じゃあ、何で顔上げないんだ?」


ほんの少しだけ顔を上げると一乃は寂しそうに微笑む。

「……だったら、俺からも質問していい、か?」




「…サッカー、楽しい?神童……?」    

☆★☆

「………。どうだろうな……。自分でもわからないよ。」

神童はそう返すと、ゆっくりと一乃は立ち、神童を涙目でキッと睨みつける。

「…っ…違う! 俺が聞きたいのは、そんな曖昧な答えじゃないよ…!」

「いち、の?」

「何でだよ、何でなんだよ……サッカーって何。楽しいこと?」


大きな声を出して辛いのか、少し深呼吸をし、目線を下へ向ける。

「怖いんだよ…! 俺は。サッカーが。チームが傷ついて、バラバラになったサッカーが、怖い。」


「そうか…、怖いのか。」

当たり前だ、あんなことがあったのだから。


神童はをやさしく、ふわりと頭を撫でると体をびくっとふるわせながらも、一乃はその行為を受け入れる。


「ごめん、神童。」

「なにが?」

「神童にあたったこと。」

そんなことか、と優しく神童は笑う。

「いい、気にしてないから。」


そんな神童に一乃は少し顔を赤くすると、ふいっとそっぽを向いた。




「…質問の答え。あのとき、俺が顔隠したのは」



神童のこと見るとなんか顔が熱くなるし、緊張するから。

こんな顔の俺なんて見てほしくなかったし、それに…、二人きりだったし、

恥ずかしいからだよ………。」


(やっぱりだ、俺は、)


君が笑ったり泣いたり怒ったりするとこ大好きで、


「一乃、」


君のことが気になって仕方がない。





「また、俺と一緒に…、サッカーしないか?」




楽しいかどうかはわからないけど、怖くはないから。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ