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□パンの話
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!「楽しいかどうか 」の続き



小脇にパック入りのお茶を抱えると、一乃は教室へと戻っていく。

(恥ずかしかった…っ)

よりにもよって、ぶつかった相手が今一番会いたくない相手、神童拓人だったとは。

さほど長くはない廊下を小走りで駆けていく。
ガラリと教室の窓を開けるやいなや、「遅かったね」と文句を言われてしまった。悪かったと少し謝ると、自分も相手の向かい側に机と椅子を寄せて座る。

「あれ…?」

青山はお弁当のおかずを箸で摘みながらもくもくと食べていると、向かいで机の上に顔をうずくめている一乃の頭をツンツンと箸の先端とは反対側でつつく。

「痛い」 
「………」
「……痛いって…」
「………」

先ほどから一乃が反発しているのにも関わらず、青山はその手を止めようとはしない。
ついに我慢しきれなくなったのか、一乃はおもいっきり伏せていた頭を上げると「痛いってば!」と相手を睨む。


「ごめんごめん。ほら、卵焼き」

青山はお弁当箱から綺麗に焼けた卵焼きを取り出すと一乃の口へ半ば強引に放り込む。

「おいしいか?」
「ん…おいしい…」

ごくん、と一乃が卵焼きを飲み込むと、青山はさっき一乃が購買で買って来てくれたお茶を見る。

「あのさー、一乃」
「なんだよ…」
「お前、さっき何しに行ったわけ?」
「…は?」

と一乃はわけがわからないといった表情で相手を見ると、彼が飲んでいるお茶を指さしながら答える。

「何って…さっき購買にそれと俺の昼飯のパン………あ」

驚いたような顔を見せる一乃に青山は少しため息をつく。

「…やっぱ忘れたのか」

ちらりと時計に目をやる。昼休み終了まであとわずかだ。

昼食は抜きか、とへこんでいる一乃に青山は「あげるよ」と唐揚げを差しだし、それを一乃がぱくつく。 

それが最後に残っていたおかずだったのか、青山は弁当箱を片づけ始める。

「おなか空いた…」

としょげている一乃をよそに青山はさっさと弁当箱を片づけ、次の授業の用意をするのだった。



☆★☆

「おいヘタレ」
「…なんだ」

見た目からは考えられないくらいにガツガツとおにぎりを食べている霧野は神童を一別すると呆れたように笑う。

「…またチャンスを逃したろ?馬鹿だなぁ…」
「一体なんのことだ」

無表情でメロンパンを食べながら、むすっとした表情で神童は霧野を見る。

「だから、また神童は一乃に言えなかっ………いって!」

激痛が走った足を霧野さすりながら神童をじと目で見る。

「痛いんだけど…?」
「…大丈夫だ。俺が蹴って折れるほどお前の足はやわじゃない」

平然と答える神童に霧野はさも当然のように答える。

「そりゃ、サッカーして…る……から」

顔を曇らせながら、段々と語尾を小さくする霧野に神童は少し不信に思うが、あぁそうかとすぐに納得する。

「サッカー、してるもんな。…本気の」
「…あぁ、でもさ。あいつらはやめたんだよな」

あいつらとはきっとセカンドのことだろう。


「ま、今更言ってもしかたないか」
「霧野…」
「だからさ、お前もあいつ…一乃がいなくなったからってしょげるなって!」

バシっと先ほどの仕返しと言わんばかりにおもいっきり力を込めて神童の背中を霧野は叩く。

「痛いんだが…」
「あれよりはマシだって。……あぁ、そうだ」
「?」
「放課後、おぼえてるよな?」
「あ…あぁ」

よしよしと霧野は頷くと、神童の食べかけのメロンパンを横取りする。
ペロリと食べきると、あっけらかんな神童にニヤリと笑う。


「大丈夫、俺なんかよりずっといいやつだからさ」

☆★☆

(遅い…)

放課後、一乃はグラウンドの片隅で一人、転がっていたサッカーボールに足を乗せてグルグルと円を描くようにして転がしなら、ある人物を待っていた。

(霧野やつ…自分から誘ってきたくせに…)

前日、霧野から「サッカーしないか?」という誘いをついつい受けてしまった自分に後悔する。

「こんなことなら、早く帰ればよかった…」

ポツリとそうつぶやくと、転がしていたボールから足を放す。

帰ろうと鞄が置いてある方へ歩こうとしていたところで、遠くからこちらに近づいてくる気配を感じる。

一乃はくるりと体を反転させ、目をこらしながら近づいてくる相手の顔を確かめようとする。

(あれ…霧野じゃない…?)

だんだんとこちらへ近づいてくる相手を観察する。

軽くウェーブのかかった髪に落ち着いた目の色。

「…いち…の?」

聞き覚えのある声。

自分のことを意外そうに見つめる顔。


それは、神童拓人だった。

☆★☆ 

あれからどのくらいの時間が。いや、そんなに時間はたっていないだろう。

ボールを蹴ったのは少しだけで、その後はなにをするのではなく、ただ呆然と立ち尽くしているだけ。

何を話すにも話題なんか無く、しいて言えば「サッカー部に戻ってこないか」と言いたいところだが、それは無理だろうと神童はため息をつく。



結局、言ってしまったことにかわり無かったのだが。



後は、ほんの少しの心残り。


どうしても言い出せなかった。

たった一言、文字数にして約3文字程度。

「好きだ」

と。


☆★☆

その後、何も話さずに二人して帰ったのだが、先に沈黙を破ったのは一乃の方で「…お腹空かない?」と近くのコンビニを指さして神童に尋ねる。

いつもなら、寄り道なんてもっての他で、注意するところだ。
しかし、一乃がそう言った直後に腹部の辺りから虫が鳴いたような、そんな音が聞こえて、仕方無いと神童は微笑んだ。


コンビニへ入っていくとそこにはたくさんの弁当やお茶が並んでいる。
その中でも、一乃は真っ先にパンコーナーへ行くと、メロンパンを一つ手にとる。

「それ…買うのか?」
「え…そうだけど?」
「いや、俺もそれ食べたことあるから…」

そっか、と一乃は返すとパンをレジへと持っていき代金を支払う。

そのパンをコンビニからでるやいなや、袋から取り出すともくもくと食べ始める。

「食べるか?」

そう言うと、一乃はずいっと神童の前へパンを差し出す。

「え……?」
「なんか欲しそうな顔してたはら」

いつの間にか自分は一乃の方を見ているとわかると恥ずかしくなった。


想い人から折角の行為だ。 

ためらいがちになにつもも差し出されたメロンパンを一口かじる。                     



「甘い…」

それは自分がこの前食べていたメロンパンよりも、





ずっとずっと甘かった気がする。         


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