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□絶対に無理
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一年生の時の俺にとってはあいつはどうも気に食わない存在だったらしく。


コンプレックスさえも抱いたりした。



そんな俺にとってのあいつへの第一印象は




「泣き虫なやつ」







まぁ、今思えばちょっと失礼かもしれない。


☆★☆


「一乃、ちょっといいか…?」


HRも終わり、部活へと向かう途中で誰かに呼び止められた。
一乃は一緒に歩いていた青山に先に行くよう一言告げると、クルリと後ろを向く。

「神童…拓人」

誰かとは同じ一年で、サッカー部の神童拓人だった。

いつも一緒に行動している霧野の姿は無く疑問に思いつつも一乃は神童をじっと見ると、少し不満気に「なに?」と呟く。

「え…あ、いや。…部活の事で、一乃に話があるん、だ…」

一乃の言い方が問題だったのか、神童が少し恐がっているように見えた。

そんなつもりは無かったのだが。

「………うん。部活の事?何かあったのか?」
「あ、あぁ」
「そっか。でも何で俺?」

神童は一年生にしてファーストランクのチームで、しかもキャプテンだ。

一体、セカンドランクのチームの自分に何のようがあるのだろうか、不思議に思い首をこてんと傾ける。
神童は一乃を見るとためらいがちにゆっくりと口を開く。

「…一乃に、セカンドのキャプテンになってほしいんだ…」
「……………え?」


理解が、できなかった。


わけがわからず呆然と立ち尽くしている一乃に
神童は「ここでは場が悪い」と言うとサッカー棟へと足を進める。

外のサッカーグラウンドから少し離れているサッカー棟に付くと、普段ミーティングが行われている部屋に入る。



(………なんで俺が…)


☆★☆

部屋について早々に神童のすぐ隣を避けるようにして一乃は椅子に腰かける。
一人分の隙間が空いているその向こうで神童が
そのスペースを凝視し、一乃を見て仕方ないと言っているかのような顔で微笑む。


当の一乃はそれがなぜかは分からなかったが。





「今の2年生は、3年生になったら受験…で、忙しいだろ?」
「………」
「だから、お前にセカンドチームを任せたいんだ。一乃なら、上手くチームをまとめられるはずだ」


淡々と喋る神童に無理だ、と一乃は首を横に振る。

いくらファーストのキャプテンの神童の頼みであってもその願いは受けいれられない。


「……………」

黙り込んで俯いてしまった一乃に神童はおそるおそる近づき空いているスペースを埋めるようにして一乃のすぐ隣まで来ると、「嫌か?」と言う。

先ほどまで悶々としていた一乃だが、神童の声にハッとして顔上げると、自分より少し高い位置にある彼の顔を見上げる。

「…嫌、じゃない。むしろ…むしろ嬉しいんだ。…ただ、少し不安になってさ」
「不安?」
「…だって俺はまだ一年生なんだ、…だから」


弱気な一乃に神童は肩をすくめる。

「…俺も、一年生でファーストチームのキャプテンだ」
「あ……。……ごめん」

ファーストのキャプテンといえども、神童だって一乃と同じ一年生だ。

「そう…だよな、神童も」
「いいさ。…それに、俺だって不安だ」
「……だよな。お前駄目だもんな」

あ、と一乃は口を押さえ、神童を見る。
どうやら、怒ってはいないようだ。
しかし、先ほどから一言も喋らない。

「しんど…う?」
「………そう、だよな」
「え…?」
「駄目、だよな。たしかに、一乃には実力もあるし、判断力があるからセカンドのキャプテンに選んだ…というのはたんなる口実で、本当は。俺が一乃と一緒に本当のサッカーを取り戻したいだけ…かもな」

黙っていたかと思えばいきなり長文を喋りだした神童に多少驚きつつも一乃は彼の言った言葉を聞き返す。

「俺と一緒に…って?」

「一乃と、本当のサッカーがしたいんだ」

そう真っ直ぐと自分を見据えて言う神童に一乃は顔が熱くなるのを感じる。


不覚にもときめいてしまったのだ。

そんな自分を恥ずかしく思うと、一乃は熱くなった顔を冷ますようにして手で仰ぐ。

「ちょ…っと待て」
「どうしても、無理か?」
「……そうじゃなくて…」
「?」


(近い……)

気まずそうに見てくる神童の視線を感じる一乃はとふいとそっぽを向いてしまった。
今の状況は、なぜか自分と相手の肩がぶつかりそうなくらい近い。
手を動かすと自然と相手の手に触れてしまう。

「…だ、から!」
「一乃…?」
「その、近いん、だけど?」

恥ずかしさと興奮のあまりか、大きな声をだして相手を睨みつけてしまった。
神童はというと目を見開き後ずさるようにして一乃から距離を置く。

「駄目か……やっぱり」


と、ふてくされたようにしてブツブツと弱音…だろうか。
一乃にはよく聞こえなかったが、弱音をはいた後、距離がさらに遠くなって一人分以上は空いているスペースの向こうから、ポツリと神童な呟いた。

「…一乃は俺のこと嫌いだもんな」


相手との距離が遠くてなにも聞こえなかったと言えば嘘になる。
いや、聞こえない方がよかったのかもしれない。
否定、は出来ないし。かと言って認めたくはない。

一乃は短くため息をつくと、自ら相手の方へ少し近づく。
神童が何か言いたそうにしていたが気にしない。

「神童は俺のこと嫌い?」
「…まさか」

嫌いなわけないだろう、と神童は先ほどとうって変わって真剣な顔になる。
一乃は神童から少し距離をとり、ちらりと横目で見る。

「お前、黙ってればかっこいいのにな?」

そう言ってイタズラっぽく一乃は笑うと神童は戸惑いながらも一乃と椅子とを交互に見る。

「なに? 言いたいことあるなら言えよな、神童」
「…隣、座ってもいいか?」
「………」

なぜだろうか、ちょっと期待をしてしまった自分が馬鹿みたいだ。
いや、これはこれでいいのだが。

(そもそも何を期待してたんだよ…)

そう思うと一乃はまたため息をつく。その行動を不信(近づくなと言っているよう)に思ってか神童は縮めようとした距離を広げようとした。
すると、行く手を阻むようにガシっと腕を掴まれる。
一乃は掴んだ神童の腕を見ながら「どこ行くんだよ」と怒り気味に言う。



「嫌だと思って」

神童はそう言うと一乃は我に帰ったかのように掴んでいた腕を離す。

「嫌じゃない、し」
「…そうか……」

さっきとお互いの距離は変わらないまま、沈黙が流れた。

その沈黙はそうも長くはなく、神童は本題を口にする。

「セカンドのキャプテン…の件なんだが。その、どうしてもって言うなら…」
「いいよ」
「…え」
「だから、いいってば」

すくっとその場から立つと、一乃は困惑気味の神童を見て、微笑む。

「やるよ、セカンドのキャプテン。俺も、お前とサッカーしたいし」

そう言って一乃は「もう行くから」と部活に向かう。
神童はその姿を終始眺めていたが、我に帰ると自分も後を追うようにして部屋をでる。

とりあえず、セカンドのキャプテンの問題は解決した、が。

まだ解決していない問題が残っていた。



(こんな感情どうかと思うけど…)


☆★☆

部屋を逃げるようにして出てきた一乃はユニフォームに着替えるためロッカールームに入り、閉めた扉に滑るようにもたれる。

(…やっぱ苦手だ…神童…、嫌いじゃないけど)

しかし、一度言ってしまったことはやらなくてはいけない。

「キャプテンか…」

少し不安もあるが、誰かから頼られるのはそう悪くない。
神童が自分にセカンドのキャプテンを任せてくれる。


「がんばらないと、な…」






結果としてその期待を裏切ることになった。
      

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