夢小説【短編】

□誘惑〜前編〜
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「じゃあ原稿は預かって行きますね!」

そう叫ぶなり、顔色の悪い印刷所の担当者はバタバタと足音を立てて
編集部から走り去って行った。

「終わった…」
「良かったですね…間に合って…」

もう何回目になるのか分からないデッド入稿を終え、
エメラルド編集部の同僚達は寝不足で震えながらもそれぞれに帰り支度を始める。
俺も今日はもう帰ろうと机上の整理を始めた途端、高野さんから声を掛けられた。

「高野さん、何でしょう?」
「渡したい物があるからちょっとこっちに付いて来い」
「渡したい物…ですか?」

何故わざわざ編集部の外に出る必要があるのだろうかと
不思議に思いながらも高野さんの後ろに付いて歩いて行くと、
高野さんは人気の無い書庫の裏で足を止め、俺の方に振り返った。

「コレ、やるよ」

その言葉と共に差し出された黒いビニール袋に包まれた「何か」を受け取れば
薄いケースのような感触がする。

「…?何ですかこれ?」
「開けてみれば分かるって」

そう言われるがままにビニール袋から中身を取り出せば、
そのとんでもない代物に俺は言葉を失った。

『美女の誘惑〜全部見せてあげる〜』

そんなタイトルと共に妖しげな格好をした女性がパッケージを飾っているDVD、
いわゆるAXだ。

「なっ!!何て物を会社に持って来てるんですか!?」
「いや、だってそのAX女優みょうじ先生に似てねぇ?」
「え…」

改めて見返せば、大きな目元や整った顔立ちが少しなまえに似ている気がする。
勿論、なまえの方が数十倍は可愛いが…。

「似てて珍しいなと思ったから買っただけだし、要らなきゃ家で捨てて良いから」
高野さんは意地悪そうにニヤリと笑った後、
「お疲れ」とだけ言い残して帰って行った。


本当に…あの人は一体何処まで知っているのだろうか…。
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