CP小説

□期待
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柔らかい唇に、少し硬い髪

その感触を、俺は知っている。

そして一度知った喜びは

そう簡単には忘れられない…。


期待


いつも拒んでばかりの政宗が、珍しく自分から飲みに誘って来た。
期待するだけ無駄というのは分かっているが、どうしても気持ちは馳せる。
自然と早足になりながら、俺は政宗と待ち合わせているバーへと向かった。


「政宗、待たせたな」
「あぁ横澤、お疲れ。先に一杯やってるぞ」

ウイスキーの水割りが入ったグラスを傾けながら、
カウンターに座っている政宗が俺を見て微笑んだ。

仕事中は滅多に見ない政宗の笑顔。
お互いこの店に来ると、会社での立場は忘れて大学時代の友人として接するのが常だった。
別にそうしようと話し合って決めた訳では無いが、俺達の暗黙の了解だ。

此処には俺から幸せを取ろうとする『アイツ』が居ない。
久しぶりに二人きりで楽しい酒が飲めると、良い気持ちで乾杯したのも束の間だった。

「本当にウチの新人が生意気でさ…」

政宗の口から出てくるのは、耳にしたくもない『アイツ』の話ばかりだった。
本人は愚痴を言っているつもりだろうが、俺にはそれが惚気にしか聞こえない。
何で俺がそんな話に付き合わなければならないんだという苛立ちと
嫉妬心とで押し潰されそうになり席を立とうかとも思ったその時、
政宗の手が不意に俺の肩へと置かれた。
久しぶりのその接触に、俺の心臓はドキリと跳ねる。

「なぁ横澤」
「…何だ」

煩い鼓動を鎮めながら平静を装って政宗の方を見れば、
黒い髪の隙間から艶めかしい切れ長の瞳がこちらを見詰めている。
店内の薄暗い橙色の光に照らされて、整った顔立は余計に美しく際立って見えた。
その光景に思わず見惚れそうになっていると、少し口角を上げた政宗の唇が薄く開く。


「やっぱり…お前と飲むのが一番楽しいわ」


あぁ、まただ…

そういう小さい言葉に、俺は捕まってしまう。

期待したくなる。

あの時は…

俺が抱いた時のお前は確かに俺の物だったのに…

俺を必要としてくれたのに…



『なぁ、何で俺じゃ駄目なんだ?』



今にも口から出そうなその言葉を、俺はウイスキーと一緒に飲みこんだ。

友達としてでも一緒に居れば、いつかまた…
あの頃に戻れると信じて。





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