マイナスから始まる恋
□マイナスから始まる恋
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「折原臨也って奴はな、元々池袋にいた情報屋なんだが、平和島静雄と色々揉めたらしくてな、今は新宿で活動してるらしい。
アイツの言葉はあんま信じねぇ方がいいぞ。後で後悔する事になるからな。姉ちゃんもそんな別嬪さんなんだから変な男に掴まるんじゃねぇぞ」
『ありがとうございます。それで……池袋最強の、えっと……』
「平和島静雄、な。アイツは折原臨也とは別の意味でヤバい。暴力がバーテン服着て歩いてるもんだ。アイツにかかりゃあ、何十人の敵も屁でもねぇ。
姉ちゃんは女だから手を出される事はねぇかもしれないが、巻き込まれないよう気を付けろよ」
『ありがとうございます』
やはり情報通とあってか、折原臨也と平和島静雄について詳しいようだ。私にダラーズのサイトを教えてくれたおじさんも頷きながら[平和島静雄はな]と何かを思い出しているようだ。
―――あの二人は結構有名だからね。
―――池袋じゃ知らない人はいないんじゃないかな。
新宿に移った、という折原臨也も聞けば元々ここの生まれのようだし、ここで活動もしていたようだ。
その時の私は何をしていただろうか。既に名前が広がりつつあったあの二人とは別の―――何もない事が幸せな日々を過ごしていた気がする。
―――…………。
―――後悔したってどうする事もできないのに。
一人の友人の顔が頭に浮かび、涙が溢れそうになる。
自分が悪いわけでもないのに[自分が―――]と言って過去を正当化しようとしている。自分はつくづく最低な人間だな―――そう思いつつ、おじさん達との会話を続けていた。
「莉衣ちゃん悪いね、そろそろあがっていいよ。また卓弥さんの所に連絡入れるよ」
『いえ、こちらこそ色々な情報が聞けて楽しかったです。ありがとうございました、またお願いします』
夜も更けてきた頃―――ここの店主が笑いながら声をかけてきて、やっとこの仕事から解放される―――
そう思いつつも笑顔で頭を下げれば、店主は[これ良かったら食べて]と言ってお店の看板メニューの残りをタッパーに詰めて渡してくれた。
―――やった、これ美味しいんだよねー。
丁寧に風呂敷に包み、零れないようにビニール袋に入れて鞄にしまう。後でアイツにも食べさせてやろう―――そう思いつつ、服を着替えて[お疲れ様です]と声をかけ、外に出る。
外はそれ程寒くはなかったが、居酒屋の空気が温かかったせいか妙に寒さを感じ、コートをきちんと羽織り直すと、夜の池袋の街を歩き続ける。
―――……黄色い、バンダナ……。
―――確か、黄巾賊とか言ったっけ……。
ちらちらと見かける黄色いバンダナや黄色い装飾品。
前に卓弥から聞いた時は[そんな今時]と笑ったものだが、こうやって間近で見ると威圧感を感じ、これが本当のカラーギャングなのだと知る。
―――あんまり関わりの無いようにしないと。
―――あんな奴ら、ちょっと事件起こせばすぐ壊滅しちゃうのに。
一度どこかと争ったようで黄巾賊はおろか、カラーギャング、というものを見なくなってしまったが、夜になるとこうやって我が物顔で池袋という街に溶け込んでいる。
何もしなければあっちだって声をかけてこない筈だ。そそくさと前を向いて歩いていると―――
「やはり貴女でしたか。仕事の方は順調ですか?」
どこからか声を掛けられ、まさか黄巾賊―――と息を飲む勢いで振り返れば、知っている人間であり、安堵の声が漏れてしまった。