マイナスから始まる恋
□マイナスから始まる恋
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『四木さん……。突然声かけないで下さいよ。黄巾賊の奴らかと思うじゃないですか」
「黄巾賊のガキに怯える貴女ではないでしょうに」
背後に立っていたのは粟楠会の幹部である四木さんであり、一人で真っ白のスーツを着て立っていると、まるでホストに声を掛けられたような気分にさせられる。
張り付けた笑顔が僅かに引き摺っており、[御冗談を]と言わんばかりだ。
『私は女ですよ?男が三人、四人となれば分(ブ)が悪いんですよ』
「そうは見えませんけどね。貴女がここにいる、という事はタキさんはまた家のパソコンにでも張り付いているんでしょう。貴女も大変ですね」
『もう慣れましたよ。……それで四木さんは一人でどうしてここに?』
私だって女なんだぞ―――という雰囲気を見せるが、相手は何を言っても冗談にしか聞こえないらしく適当にあしらわれ、まるで世間話のように話しかけてきた。
聞いても良い話題かと聞いてから後悔したが、四木さんは特に気にしていないのか[今から少し人に会うんですよ]と吐き出し、
少しずつだが私の元を離れ、[それでは]という言葉を待っているようにも見える。
『少し話し込んじゃいましたね。それじゃあ私は帰ります。またタキがうるさいので』
「タキさんに少し伝言を頼めますか?」
『?はい』
「[探るのはいいが、足を突っ込み過ぎるなら黙っておかねぇぞ]と、伝えてくれますか?」
『……。……はい、解りました』
「それでは」
―――……やっぱり粟楠会の幹部、か……。
―――凄味が違うね。
四木さんの伝言には強い脅しが含まれており、卓弥がどこまで足を突っ込んでいるのか気付くには十分すぎる程であった。
ここで否定するわけにもいかないので[絶対に伝えます]と言わんばかりの表情を作り、
頷くと四木さんはそれ以上何も言わずに反対方向を歩き出し、人混みに埋もれてしまえばもうどこにいるのかさえ解らない。
―――……私には、いや、私達にはやる事があるんだ……。
―――四木さんには悪いけど……この伝言は伝えられないよ。
解っているのだ。
気付いているのだ。
粟楠会、という所に目を付けられればどうなるのかなんて―――
だが、今更戻る事なんてできないし、[あの男]が四木さんの言う[足を突っ込み過ぎると黙っておかねぇぞ]のそれに当てはまったとしても―――私は追いかけなければならない。
それが、一人の友人の弔いになるのならば―――私の命なんて捨ててやる。そんな覚悟にも似た感情を抱いていると―――
―――馬の、嘶き……?
こんな所に馬が走るわけがない。
牧場や広い草原―――そういった場所に居たのならば日常的に聞こえたのかもしれないが、ここは大都会東京であり、そして池袋だ。
聞き間違いかと思ったが、周りの人間が[首無しライダーだ!]と騒いでいる所を見て、理解する。
―――首無しライダー……本当に実在するんだ。
生きた都市伝説―――そんな噂を聞いた事があった。
首から上が全くない、化け物。
[異形]と呼ばれる存在。
様々な名前で呼ばれ、少しずつ広まっていった存在だが、まさか本当に自分の耳で聞けるとは思わないだろう。