BLUE ROSE 2

□43. 7月 関東大会
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外は晴天。朝の陽射しがガラス窓から差し込むが、差し込んだ先のその部屋は、外の陽気とは違ってどんよりとしていた。



「なんでこんな時に…」


名前はベッドに横たわって、毛布を深くかぶっていた。
ベッドの横には、ミカエルと跡部家お抱えの医師が立っている。



「38.6…熱が高いので、水分をよく摂って今日は安静にしてくださいね」


名前から受け取った体温計を見て、医師はそう言った。

そう。名前は熱を出したのだ。
このところ急激に上がった東京の気温と、元々涼しい国のウィーン育ちなこともあり、高温多湿な日本の夏に馴染みきれず体調を崩してしまった。



「先生…」

「なんでしょう」

「明日には治りますか?」


寝ながら名前は医師に聞いた。
名前にはどうしても明日の日曜日には治ってもらわないと困る理由がある。



「明日までに治るかは、まだ分かりませんね。これから昼にかけて熱が上がるかもしれませんし」

「そんなぁ…」

「明日何かお約束でもありましたか?残念ですが、医師としては出来れば明日も寝ていて欲しいものです。お嬢様はまだ日本の夏に慣れておりません。無理に動かないで頂きたいですね」


人の身体を冷静に看るのが仕事の医師は、淡々と、それでいて的確な言葉をかけながら、受診道具を丁寧に片付けていった。



「それでは、なにかありましたらご連絡を。また夕方には診に参りますので」

「はい…」


医師は会釈をして名前の部屋から出ていった。

跡部家での生活で、まさか自分が医者の面倒にかかるとは思いもしなかった。



「…明日は、景吾さんの試合があるんです。観に行くって約束してるんです」


ミカエルと二人きりになった部屋で、名前は毛布に包まりながら、か細い声で明日の予定を言った。
関東大会を観に行く。これが明日までに熱をどうしても下げたい理由だった。



「なんでこんなタイミングで熱なんて出るかなぁ…」


身体がだるくて声も心無しかガサついている。
毛布の繊維さえも肌に触れるだけでどこか違和感があり、風邪特有の症状で全身が痛む。



「今日は学校もありませんから、ゆっくりとお休みください。それに、明日の試合を観に行くためにも、寝ることが大切です」

「はい…」

「私も様子を見に参りますし、メイドも入れ替わり来ますので、何か欲しいものがありましたらなんなりとお申し付けください」


ベッド横のサイドテーブルに、水やタオル。そしてミカエルに繋がる電話機を置いて、名前が不自由ないように設備を整えた。


すると、名前の部屋のドアにノックが叩かれる。
ガチャリとドアが開く。



「名前?まだ寝てるのか?」

「景吾さん…」


跡部がドアから顔を覗かせた時、名前は無い力を振り絞って声を出した。



「やだ…入らないでください…」

「え?」


突然の拒否に驚いて、跡部はますます様子を伺いに部屋に入る。



「やだってなんでだよ…。なんだ、ミカエルもここに居たのか」


結局部屋に入った跡部はベッド横に立つミカエルの姿も見つけて、ますます意味が分からない様子だ。

しかし、ベッドで横になる名前を見て、察しがつく。



「お前…」

「風邪引いたみたいなんです…。熱が高くて…近づかないでください。景吾さんにうつる…」


毛布に包み直して、ガサついた声で跡部を拒否した理由を話した。



「そうだったのか。…辛そうだな」

「…寝てればいいってお医者さんが。…ねぇ、ほんとに近づかないでください…。景吾さん明日大会だから…」

「……」


すこし荒い呼吸の名前を見て、跡部は軽く頷いた。



「…分かった」

「明日までには治しますから」

「別に無理して来なくていいから。今日はとにかくよく寝とけ」

「はい…」

「俺は部活行ってくるが、ミカエル、名前のこと頼んだぜ」

「かしこまりました」


跡部は後ろ髪を引かれるような表情を見せながら、明日に向けた最終調整のために部活へ向かった。

再び部屋は静かになる。



「…私って、わがままだなぁ」

「どうしてですか?」

「風邪がうつるからって、景吾さんを突き放しておいて、ホントは今そばにいて欲しいって思っちゃってます」

「それは、わがままではございません。風邪の時は、誰でも人恋しくなるものです。それなのにお嬢様は、景吾様の明日の試合を第一に考慮しました。優しい方です」

「ありがと、ミカエル」


ミカエルの言葉にほっとして、そっと瞳を閉じた。





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