BLUE ROSE 2

□46. 7月 違う道
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「あれ?名前ちゃん今日休みなのかな?」


朝のHRにも登校してこなかった名前をクラスメイトが心配した。
名前は3年になってからは今のところ無遅刻無欠席だ。
こんな夏休み直前になって未だ登校してこない名前は珍しかった。

クラスメイトの1人が携帯を触っている。



「名前ちゃん返事全然来ないんだよね。もしかしてまだ寝てる?」

「でも跡部くんはちゃんと来てるよ。寝坊は無いんじゃない?」


窓際の前から3番目に座る跡部をちらりと見たが、彼は特に変わった様子もなく1時間目が来るのを待っている。

名前がもし寝坊したとしても、同居している跡部が起こして無理矢理連れてくるのが想像できた。



「連絡くるかもしれないし、今はそっとしておこ」

「そうだね」


クラスメイトは大して気に留めず、名前から何らかのアクションが来るのを待つことにした。






しかし、いくら待てど、その日は最後まで名前が登校することは無かった。
それにクラスメイトへの返信も。

流石にクラスメイトはほんの少しヒヤリとする。



「ね、跡部くん」


たまりかねて、友人の1人が帰宅しようとしている跡部に声をかけた。
かばんを肩にかけて振り向く。



「なんだ」

「名前ちゃんって今日風邪でも引いてるの?メッセージの返信が来ないの」


友人は不安げな表情を浮かべていた。
名前はマメに返信を返すタイプで、ここまで何も音信不通なのは初めてだ。

そんな友人の表情とは裏腹に、跡部は真顔のままだった。



「どうだろうな」

「え?」


思わぬ返事に友人はポカンと口を開けた。
どうだろうな、なんて同居しているのだから分からないわけ無いのに、と友人は逆に驚いてしまった。



「悪いが急いでいるんだ。もういいか?」

「え、ご、ごめんなさい。どうぞ」


跡部は名前の友人を振り切り、足早に教室から出て行った。
その異変が何なのか。クラスメイトが知る由もない。














跡部は学校からそのまま跡部財閥直営のジムへ向かった。
高級ジムとして完璧な設備を使い、身体を鍛え汗を流す。


無心でトレーニングをしてシャワーを浴び、ジムを出ようとエントランスに行ったら夕方になっていた。

ガラス張りの建物なので、外の太陽の傾きがよく見える。
西日が照らし出したので、受付のスタッフが操作したのだろう。エントランスのブラインダーが自動で天井から降りてきた。




「…こんなところまで何しに来たんだ」


景色を眺めていた跡部は、視線を自動ドアに向け直した。
そこに立つ男に鋭い視線を飛ばす。



「そろそろジムが終わるかと思い、お迎えに上がりました」

「真木山。お前は俺の護衛じゃないだろ」


その鋭い視線の先には、名前の専属ボディーガードの真木山がいた。
屋敷の中同様、ブラックスーツに身を包み、隙のない佇まいで跡部を待っている。



「本日から景吾様付きになりました」

「そうかよ」


跡部はほぼ無反応に、真木山を通り越してジムを出た。
玄関前に車が止まっており、真木山が後部座席を開けて跡部を入れると、自分が運転席に座り車を発進させる。

静かに車が動き出して、屋敷へと交通量の多い道路を走っていく。


車内は終始無言で、ウインカーの音がするたびに大きく響いている気がする程だ。

もうすぐ屋敷に着くという道で初めて跡部が、運転する真木山に口を開いた。



「お前は俺を恨んでるだろ」


真木山がちらりとバックミラーを見てみると、跡部の視線は窓の外を見ていた。
再び前に視線を戻す。



「恨む?どうしてですか?」


真木山は微かに笑ってそう尋ねた。
エンジン音の静かな車内は、普通の会話もよく聞こえる。



「お前はずっとあいつを護り続けたかっただろうに、俺がそれをぶち壊した」

「…私は、元々は跡部財閥の護衛部隊です。跡部家ではない彼女とは、いつかこうなる運命でした」

「言ったんだろ?ウィーンに付いていきたいって」


真木山が再びバックミラーを見ると、初めて跡部と目が合った。
青い目が睨んでいる。



「…はい、言いました。ですが答えはノーでした。ボディーガードは向こうで新しく雇うと言われて」

「フラれたわけか」

「そうですね。フラれました」


淡々とした口調で話しているが、ほんの僅かに声が低くなったことを跡部は気づいた。

真木山がどれだけ名前を大切にしてきたかは、あの屋敷の人間全員が知っているほどだ。
任務期間は僅か4ヶ月ほどだったが、その短い時間でも築いてきた絆は強い。



「苗字家で任務に就けるように、口添えしてもいいぜ。お前は父の護衛をやってた経験もあるし優秀だ。向こうも断りはしないだろう」

「跡部財閥を辞めろとおっしゃるんですか?」

「お前の自由さ」

「…私の顔を見てると、お嬢様を思い出してしまいますか?」

「…」


車は丁度屋敷に着いた。
ロータリーに入って、玄関前に車を停める。

跡部は車から降りて、ドアを開けてくれていた真木山と目が合った。



「…別れないで欲しかった」

「…」

「私自身、正直気持ちがついていけてません」


真木山は屋敷を見上げた。



「今日ここに帰ったら、お嬢様が居るような気がするんです」

「あいつはもう居ない」

「はい。分かっています」

「やはりお前は俺を恨んでやがる」


フッと笑うと、真木山は寂しそうに眉毛を下げた。




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