BLUE ROSE 2

□49. 7月 対談
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「そんな急に。泊まっていってください。正之さんと話したいことが沢山あるんです」

「ははっ、ありがたい言葉だけれど、オーストリアに家族が待っていてね」

「家族…?」

「執事兼従者のフランツさ。君の家に行った時に私の隣に立っていた男さ」

「あ…」


あの時は言い合いで白熱してしまっていたことから殆ど目もくれなかったが、確かにシャンと立っていた男がいたのを覚えている。



「今回の財政難を共に乗り越えた彼は、もはや私の家族なんだ。オーストリアの自宅で待っているから会いに行かねば」

「そうですか」


正之の顔は活き活きとしていた。
大きな挫折を乗り越えた後だからだろうか、跡部から見たら景佑の様に、とてもたくましい男性に見えた。




「…名前に何も言わずに帰るんですか?」

「ああ。娘の顔を見ると、可愛くてオーストリアへ連れ帰ってしまいそうになるからね」

「ふっ、それは困ります」

「だろう。だからお父さんは、ここでお別れにするよ」



玄関を静かに開けて外に出る。
まだ日差しは強く暑い時間だ。


ハイヤーが別荘の前に止められ運転手が扉をゆっくりと開けた。



「…君に吐いた数々の暴言。そして度重なる嘘を、どうか許して欲しい」

「もういいんですよ。理由も全て分かりましたから」

「…今日のランチで、名前に言われたんだ。景吾くんに今までのこと謝ってと。そして景吾くんこそが、恩人だからと」

「フッ…恩人ですか」

「私が名前の側に居てやれなかった間、娘を守ってくれたこと、本当に感謝しているよ。名前の側に居たのが景吾くんで良かった」

「正之さん…」

「君は本当に出来た男だと感心している。君が私の息子だったらよかった」


正之は跡部の肩に手を置いた。



「いずれなるかもしれません」

「…確かにそうだ。いや、そうならなければ私はまた君を叱りに来るだろう」

「叱らせませんよ」

「はっはっは!」



正之は大きく笑いながら 用意された車に乗りこんだ。



「では景吾くん。名前との楽しいバカンスを。今度会った時はゆっくり話そう」

「はい」



バタンと扉が閉められ、車はあっという間に別荘の敷地から去っていき、姿が見えなくなった。














「あれ?父様は?」


リビングに戻れば名前がキョロキョロと父の姿を探していた。



「正之さんは今さっきオーストリアへ帰ったよ」

「え!?」

「家族が待ってるからって」


そう言うと名前は明らかな肩の落し方をした。



「フランツのことですね」

「ああ。止めなくて悪かった」

「いえ、父様はそういう人です。いつも知らない間に行ってしまうんですから」


可哀想なぐらい落ち込んでいる名前の肩を抱き寄せる。



「名前の顔見たらオーストリアへ連れ帰ってしまいそうだからと冗談で言われたが、正直冗談でもそれは嫌だった」


音を立てながら名前の耳にキスをする。
こそばゆくて名前な体をこじらせた。



「もう、景吾さん…私、まだ日本に居ますから。景佑さんに許可取らなきゃ」

「どうせ大丈夫に決まってるけどな」

「でもまたお屋敷にお世話になるんですから礼儀です」

「ん」


聞いてるのか聞いてないのか、跡部は名前へのキスに夢中になっていた。



「っ…もうストップです!」

「だめだ」


名前に軽い抵抗を受けながら耳を甘噛みしているとある事に気付いた。



「…あれ、名前」

「へ?」


力が抜けて涙目になっている名前が何事かと顔を上げると、濡れた耳に手が触れた。



「お前、そういやピアスはどうしたんだよ。ずっと付けてたじゃねぇか」

「あ…」


関係を断った時に、名前が日本を発つ前のホテルで自ら取ったことを思い出す。
取った後ケースに入れて、そしてバゲージに仕舞ってしまった。



「今ごろ、オーストリア、かも…?」


アハハ、と苦笑いして跡部から目線を逸らす。
あの時は跡部を忘れたい一心でピアスを取ったが、復縁した今その行動が気まずさをもたらしていた。
空港で拐われた名前のバゲージは、今ではもうオーストリアに確実に着いている。



「…そんなに俺との思い出を抹消したかったのか」


悲しそうな声に名前は気まずそうにした。



「…だって一度酷い別れ方しましたし」

「ピアスをもう付けてやらない、と…」

「あの時は仕方がなかったんです。景吾さんのこと大好きなんですから、ピアス付けてたら忘れられないじゃないですか」

「……」


少しだけ目を見開いた跡部はほんのりと頬を赤く染めた。



「お前のそういう不意打ちが怖い」

「え」

「別れる前よりもお前のことを俺は好きになってる」

「景吾さん…」


熱を帯びた瞳が近づく。



「日本に帰るの、お前とのバカンスをもう数泊楽しんでからでもいいか?」

「…はい」

「ピアス、ちゃんと取り戻しとけよ…」

「ん…」



触れた唇に熱がこもる。




全てが一段落ついた今日から。

二人のつかの間のバカンスが始まる。







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