BLUE ROSE 2

□50. 7月 あふれるような
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「ふぅ…」



バスタブに深く身を沈めて、そこから見える海の眺めにほっと息を吐いた。
湯船に散りばめられた赤いバラからの香りが全身を包んでくれる。


この島に来て本当に多くのことがあった。
まだ一日しか経っていないのが嘘のように、あまりにも時間軸がずれていた。



結局は全てが解決され、明日からはこの島での本当のバカンスが始まるのだ。


今日父とレストランに行っただけでも、とてつもなく賑わっている観光リゾート地というのがよく分かった。

どこに行こうか。それとも海へクルージングをしようか。


悩みから解き放たれた名前はそれはもう上機嫌にバスタブに手をついて海を眺めた。




「名前」

「はーい」


跡部の声と共に浴室の扉がノックされ、名前は陽気に返事をした。



「なんですか?」

「入るぞ」

「はーい。…え?」



ぎょっとして扉を見れば、なんともないように跡部が浴室へ入ってきた。
名前は急いで浴槽のバラをかき集めて身体を隠した。



「な、何してるんですか!?」

「あん?入っちゃ悪いのかよ」


そう言って跡部は浴槽に入り込んだ。


「…っ」



ジャグジー付きの広い浴槽だ。それでも2人入ると身体がどこかしら触れる。



「おい、なんで向こう向いてんだ」

「裸ですから」

「お前とはもう裸見せあっただろ。今更何言ってんだ」

「シチュエーションが違うんですシチュエーションが」

「ほら、こっちこいよ」

「ひゃっ」



隅に寄っていた名前に手を伸ばして胸に収めた。
後ろから抱きすくめられて名前は自然に体を固くする。
背中に跡部の厚い胸板が触れて熱く感じた。



「名前…好きだ」

「っ」


甘く艶のある跡部の声が耳元で囁かれる。
その声だけでも名前の鼓動を速めるのには充分なものだった。



「…景吾さんってズルい」

「ズルい?なんで」

「全部がかっこいいですもん。好きにさせる要素しかない。ズルいです」

「なんだそれ」


跡部は軽く笑った。
名前の頭に後ろからキスをする。



「お前に嫌われたら俺はどうしたらいいのかきっと分からなくなる。そんな中、好きになる要素しかないってのはありがたい特技だぜ。お前にずっと惚れられるってことだろ。最高だな」

「私が景吾さんを嫌うわけないじゃないですか」

「…お前忘れたのか?お前がさ、成田で俺を見た時、過呼吸気味になったぐらい俺を拒否してただろ」

「……」

「正直、本当にあれは応えた。名前にここまで嫌われたのかと。こんなに拒否されるぐらいのことを俺はしてしまったのかと。フライト中は本気で落ち込んでた。お前に嫌われたらやってけない」


跡部は名前をもう一度抱きしめ直した。
湯船に浮かぶ薔薇の花びらが波打つ。



「あの時は、ほんとごめん…」

「景吾さん…」


あの時のことで、跡部は何度目かの謝罪をした。
名前を抱きしめる力がほんの少し強くなる。

お互いの本意では無かった破局は、全てが丸く収まった今思い返しても、胸が痛む瞬間だった。


離れていた時間が、永遠と感じるぐらいに長かったのを覚えている。



「もう謝らないでください。こうやってまた二人で過ごせることが私は嬉しいです」

「そう、だな。…俺も、お前とこれからも暮らせるのが嬉しくてたまらない。お前がいない生活はもう堪えられないから」

「私も、です…」



チャポンと水音が響く。

名前の肩を持って向き合いさせると熱のこもった瞳がすぐ近くにあった。



「ん…」


唇が何度も合わさって深くなっていく。

誰もいないバスルームだというのに、お互いの肌が擦れて羞恥な気持ちになる。

それでも行為を止めることは出来ずに、バラの花びらの香りを漂わせながら、ただひたすらに夢中になった。











「悪かった。まさかのぼせるとは」

「のぼせますよ…」



散々湯船で触れられた身体は、長い間浸かっていたこともありすっかりのぼせてしまった。

名前は今こうして、ベッドに横たわり跡部に扇子で扇いでもらっていた。


流石にバスタブの中だったので最後まではやらなかったが、それでも官能に溺れてしまったことには変わりはなかった。



「お前があまりにも可愛いから。顔も声も身体も」

「け、景吾さん」

「ずっと触れたくなる」


ゆっくりと扇いで名前に風を送る跡部の顔は真剣そのものだった。



「本当に、ありえない程お前に夢中だ」


名前の左手をとって、手の甲にそっとキスを落とす。
その優雅な仕草に名前は上体を起こした。




「もう体調いいのか?」

「だいぶ良くなりました…」


淡い薄ピンクのネグリジェを肩にかけ直しながら、ベッドに座る跡部を抱きしめた。



「…私浮かれてます」

「え?」

「景吾さんにこんなに愛されて、触れられて。景吾さんと愛し合えてることに、本当に浮かれてます」

「名前…」

「…」


名前は跡部の頬に手を添えた。
キメの細かい跡部の頬を擦ると自然と唇が合わさる。
甘い吐息はなんど味わっても飽きることはない。



「もっと触れてください…」


名前の要求を受け入れるように、名前を再び優しくベッドに横たわらせる。

キスをしながらネグリジェの裾を巻き上げ、その中に手を這えば、感じきって跡部にしか見せない女性となった表情が浮かびあがった。



「お前のその顔、ほんとたまらない…」

「…っ」


しっとりした声で囁かれて全身に熱が帯びる。


ベッドのスプリングが夜遅くまでギシリと音を立て続けた。






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