BLUE ROSE 2

□43. 7月 関東大会
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「私はゴーサインは出せません」

「どうしてですか」


次の日の朝。
名前の部屋では医師との軽い言い合いが行われていた。



「私こんなに元気になったのに」

「昨日と比べればそうでしょうが、現に今まだ37.2あります。まだまだ注意が必要です」


医師は今さっき計った体温計を名前に見せた。
確かに平熱よりは高いし、無理はしない方がいい体温だ。

しかし名前は今朝早くに目覚めて、出掛ける気満々だと言うように早々と制服に着替えていた。
向かう場所はもちろん、テニス部の大会会場だ。



「ちょっと行ってすぐに帰りますから」

「テニスの試合はポイントが決まるまでいくらでも長引きます。ちょっとなんてのは不可能ですよ」


ああ言えばこう返ってくる医師の返事に名前はムッと口をすぼめた。

カーテンが開けられた窓から外を見れば、昨日と変わらず青い空が広がっている。
昨日一日寝ていたことで、外に出たい気持ちが増すばかりだ。

すると、コンコン、とドアがノックされて、廊下から声が聞こえた。



「おはようございますお嬢様。真木山でございます」

「真木山さん?どうぞ」

「失礼いたします」


珍しい朝の来訪だったが、そのすぐ後ろには跡部とミカエルの姿があった。
跡部はジャージ姿でもうすぐ会場へ向かうところらしい。



「よお、調子はどうだ?」

「景吾さん。はい、バッチリで…」

「お嬢様、嘘はいけません」


名前の言葉を医師はピシャリと遮った。
それには名前は真顔で医師を睨む。



「制服着てるから完治したと思ったが。なんだ、無理して試合観に来ようとしてんのかよ」

「無理してないですもん」

「お嬢様の体温は現在37.2度でございます」

「おい、まだ万全じゃないだろそれ」

「もーー!」


医師が正直に全部話すものだから、隠し通す事は無理になってしまった。
確かにまだ平熱ではないのでほてった感じはするが、それでも全然動ける体調だと名前は自負していた。



「このぐらいだったら試合観るぐらい出来ます」

「もうやめとけ。そりゃお前が試合観に来てくれるなら力になるが、体調不良の奴は大人しく寝てろ。俺達は勝つから、また今度観に来いよ」

「…」

「さ、お嬢様。朝食をここにお持ちします」


話を変えるように、ミカエルが風邪の人のための朝食の話をした。
昨日は水分しか取ってなかったので、そろそろ何か食べ物を口にしないといけない。

しかし、そんな話をするなんて、ミカエルも名前が外出することには反対ということだ。



「…分かりました。今日は寝てます」

「ああ、そうしろ」


名前の言葉に、医師もミカエルもホッとした表情を見せた。



「じゃあ俺はそろそろ会場へ行くから」

「…もう行かれるんですね」

「朝イチから試合だからな。夕方には勝って帰るぜ」

「はい」

「…」


ほんの僅かな瞬間。二人は黙って目を合わせて、そして跡部は笑って背を向けた。


「じゃあな」














それから少しして、名前の部屋に朝食が運ばれた。
日本人らしく、梅干し付きのお粥がローテーブルに置かれた。



「食欲ないかもしれませんが、きちんと食べてくださいね」

「食べますよ。お粥好きですし」


あれからずっと部屋にいる真木山に見られながら、名前はソファーに座ってお粥を口に運ぶ。

お粥を食べながら部屋の時計をちらりと見ると、試合がそろそろ始まる時間だった。
名前のその目線を、真木山は当然察する。



「…試合が気になりますか?」

「そりゃあ」

「今まで景吾様の試合には一度も行かなかったのに、今回はどうして」

「…」


名前はレンゲを皿に置いた。



「なんだか胸騒ぎがするんです」

「胸騒ぎ、ですか?」

「はい。上手く言葉に出来ないですけど、観に行かないとダメな気がして…。もちろん、相手に手塚くんが居ることもあるからだと思います 」

「…そうですか」


真木山は頷いてそれを聴いた。


しばし沈黙が続いて、名前は食事を再開した。
窓を少し開けているので、そこからの風でレースカーテンがふわりと翻る。



「…やっぱり試合観に行きます」

「なにをおっしゃいますか。医師に止められたばかりではありませんか」

「ただ観るだけです。炎天下対策もちゃんとします」

「ですが、微熱あるんですよね?」

「こんなにご飯食べれるほど元気になったんですよ?」


そう言って、名前はお粥が入っていた一人用の土鍋を真木山に見せた。
いつの間にか完食していたようで、梅干しの種のみで、米粒ひとつなく綺麗になっている。
それには真木山はふいに笑ってしまった。



「ふふ、お嬢様いつの間に」

「笑わなくっていいです。だから私は行けるんですよ」

「ですが、私の一存では…」

「命令です。私を試合会場へ連れて行ってください」

「お嬢様…」


初めて名前からされた命令に、真木山はほんの微かに苦い顔をした。


「なんて命令をしてくれるんですか。そんな体調で行って、景吾様が喜ぶとでも?」

「景吾さんが喜ぶ喜ばないは関係ないです。ただ、私が行きたいだけなんです」

「自身の体調よりも今回の試合が大切と?」

「はい」


真木山の目をジッと見つめると、真木山はやれやれと肩をすくめた。


「少しでも体調が悪くなれば即刻、帰りますからね」

「真木山さん…!」


名前は喜んで胸の前で手を合わせた。



「さて、そうと決まればこのお屋敷から内緒で出ていかないといけませんね」

「え?」

「医師やミカエルさんは、今日貴女をここから出す気はありません。ですから秘密裏に脱出しなければいけませんよ」


そう言って、真木山は名前の衣装部屋への扉を開いた。



「まずは私服に着替えてください。散歩するような軽めの服に」

「さ、散歩ですか?」








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