BLUE ROSE 2

□43. 7月 関東大会
4ページ/7ページ





言われた通り私服に着替えて、名前と真木山は部屋から出た。
1階までは使用人に見つかることなく、もう少しで玄関ホールだ。
しかし名前の足は止まった。



「真木山さん。玄関にはいつもドアマンが居ます。見つかってしまいます」

「いいんですよ見つかって」

「え?」


真木山は焦る様子なく、名前の先を行って玄関ホールへたどり着いた。
そこには当然馴染みのドアマンが居る。



「おはようございます」

「真木山さん、おはようございます。あれ、お嬢様も」

「お、おはようございます」

「おはようございます。お嬢様は熱だとお聞きしましたが…。まさか出掛けられるんですか?」


流石に名前が熱だということは広まっているようで、玄関から外へ出ようとする名前を止めに入ろうとした。
さしずめ、ミカエルあたりが名前を屋敷から出さないように指示したに違いない。

すると真木山が間に入った。



「お部屋に籠もってばかりですと名前様の気も下がりますから、庭でお茶でも飲もうかと。これほど天気もいいですし」

「…え、ですが」

「お嬢様。池のほとりのガゼボなんていかがでしょうか。あそこでしたら日陰ですし、水辺で涼しいかと」


真木山は目で合図をした。
その意図を察して、名前は頷いて返事をする。



「そうですね、そうしましょう。ここ、通りますね」

「え、は、はい…」


さぞ当たり前の様に外へ出ようとする姿に、ドアマンは簡単に扉を開けてくれた。

日頃から跡部邸では、庭でティータイムを取ることはよくあることなので、特別な行事ではない。
なのでドアマンは、名前が熱が出ていようが今回もそうなのだろうと疑いもしなかった。




上手く外に出た二人は、一応言った通りの池に向かう。


「はぁ、ちょっぴりドキドキしました」

「ああやって堂々と正面から出た方が疑われませんよ。さ、私は車を回してきますので、この辺りで隠れて待っててください」


そう言って真木山は車庫へ向かった。

そして比較的すぐに、真木山が乗る車が名前が待つ横につけられ、それに急いで乗り込んだ。

見つからないように、後部座席で頭を低くして敷地を出るまで無事に過ぎるのを待った。




「お嬢様。もう大丈夫ですよ」


その言葉を聞いて、名前はそっと頭を上げた。
窓から見る景色は、確かに屋敷を出て住宅街を走っている。
名前はホッと背もたれに身を預けた。



「真木山さん、ありがとう。こんな無茶なことさせてしまって」

「命令ですからね。仕方がありません」


微かに笑いながら、真木山は会場へ車を走らせる。



「今回は全て私が責任を取りますから、もし真木山さんがミカエルに怒られても、私が絶対守りますから」

「なんですか守るって。それは私の仕事です」


二人が乗る車は、少し速いスピードを出しながらテニス会場へと向かった。

今ならまだ、試合は終わっていないはずだ。












テニス会場。

車を停めた後急いで駆けつけ、名前は入ってすぐ立ててあった看板を見上げた。



「氷帝は…こっちですね!」

「お嬢様、お待ち下さい」


落ち着かない様子でコートナンバーを確認して名前は走った。
真木山もしっかりと付いていく。


すると、近づくにつれて見慣れたジャージが多くなっていくのが見えてきた。

コートの周りをぐるりと氷帝テニス部員が囲んで応援している。




「景吾さん…」


遠目でコートを見て、名前はゴクリの唾を飲み込んだ。

今まさに、跡部が試合をするところだった。
そしてその相手は、手塚だ。



「おや、あの少年ですね」

「ええ」


手塚と面識のある真木山も、名前に日傘をさしてあげながら、今回の対戦に興味をもっているようだった。

手塚と当たることは「順当に行けば…」と跡部と仮定として話したことはあったが、まさかそれが的中するとは。

無意識にもフェンスをぎゅっと握った。





試合は目を離す隙など一切ないものだった。

目の前で試合をする跡部は、いつもとどこか別人のようで、息をするのを忘れるような気迫だった。

そしてそれは、手塚も同様だった。
今まで見てきた温和な彼はそこにはいなかった。

互いに部長だ。
たとえ部の責任感があるとしても、トップを担う立場をここまで認識する人を、名前は同年代で見たことがなかった。



「…っ」


手に汗握る展開は続き、そして徐々に試合は傾いていった。
絶対的な強さを持っていた手塚に。

手塚は強かった。
いくら強いと知っていても、あの跡部を完全に押す程の実力者なんて、名前は見当もつかなかった。

跡部があと1ポイントまで追い詰められた。

名前の心臓が大きく音を立てる。



あと一球。
あと一球で…。


その一瞬、時が止まったかのようだった。



「え…」

「手塚ーー!!!!!」


手塚が左肩をおさえて膝から崩れた。
何が起こったのか、名前は全く分からなかった。

息が荒くなる。



「手塚くん…なにが…」

「お嬢様」


名前は早足でレギュラーが居るベンチへと向かった。

相変わらずコート周りも騒然としており、手塚は辛そうにベンチへ一旦引き上げているのが人混みの隙間から見える。



「あれ、苗字さん」


選手エリアの近くまで駆け寄った名前を、鳳が1番に気づいた。
それにより、レギュラーも振り向いて名前の姿を確認する。



「苗字じゃねぇか。来てたのか」

「ね、手塚くんは?」

「え?」

「一体どうしたんですか?怪我でも…」


審判と話す手塚を不安げに見る名前。
その様子を見て、忍足が説明をした。



「手塚、元々左肘を悪くしてたんやって。それは治ったらしいんやけど、そこ庇ってこんな長期戦のテニスやったらな…今度は肩や」

「肩…」


忍足もなんとも言えない表情をしていた。

中断している試合も、手塚の容体次第で跡部の不戦勝になる可能性まであると教えてくれた。

今氷帝と青学は1-2。
手塚が勝てば氷帝は負けることとなり、関東大会初戦で敗北が決定する。
なので、何が何でも跡部は今勝たなくてはいけない。

そんな中、不戦勝になる可能性が見えてきたわけだが、肝心の一人コートに残っている跡部は…。



「あいつ、手塚のこれを狙ってたくせに、全然嬉しそうじゃねぇのな」

「いざ手塚の肩が壊れたら、嫌に決まってるやん。今さっきまでええ試合やったから尚更」


負傷した手塚に対して全く嬉しそうにせず、ただコート内で跡部は待っていた。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ