BLUE ROSE 2

□49. 7月 対談
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『正之。お前相当な演技力だったな』


未だに泣き止まない名前を見て思ったのだろう。
景佑は心配そうに名前に声をかけた。



『名前ちゃん、苦しい思いをさせて悪かったね』

「…」


首を横に振って否定の意を表すが、涙が止まる気配はなかった。



『…正之が景吾の胸ぐら掴むところは、俺も演技と分かっていながら流石に驚いた』

「あれは正直本当の感情も入っていた」

「そうなんですか」


名前を胸の中で慰めながら、跡部は正之の言葉に目を丸くした。



「…まさか娘を空港で誘拐するとは流石の私も予想できなかった。せいぜいオーストリアの家に押しかけることは予測していたんだが」

「やはり怒っていらっしゃったんですね」

「名前は大切な一人娘だからね。君の顔を見たらつい感情的になってしまった。申し訳ない」


軽く頭を下げる正之に跡部は手で制した。



「やめてください。感情的になって当たり前のことを俺はしたんですから」

『そうだな。自由に動いていいとは言ったけど、まさかエーゲ海の別荘に連れ込むなんてお父さんでも予想出来なかった』


笑い飛ばす父に苦笑いをする。



『しかし私達も、景吾の行動に負けないぐらいの働きをしたよな』

「ああ。まずこの島に来たことを飛行機のナンバーで調べて、この別荘の使用人を味方につけるところは楽しかった」

「だからか…」


跡部は妙に納得した表情を浮かべた。



「この島の空港でイミグレを受けた時に名前が簡単に通れたんです。正之さん程ならイミグレで名前を止めさせることぐらい出来るのにと思いました。でも急いでいたので単にラッキーなのかと片付けてしまいましたが」

「ああ。わざと君たちを通らせたんだ」

「使用人を味方につけるって…、俺達が別荘に到着した時から、既に彼らは正之さん達の手中に収められていたということですか」

「そういうことだ」

『景吾。私達の力をナメてはいけないよ』


目の前にいる二人の大人の余裕たっぷりな笑みは、跡部でさえも敵わないと思う力の大きさを感じた。



「…恐ろしい大人だ」


跡部はきゅっと名前を抱く力を強めた。
もし本当に正之と景佑大人二人が本気で名前達を止めに来ていたら、あっという間に捕らえられていただろう。



「だがね、本当にお前たちの関係が本物か、確かめる必要があったんだ」


正之の言葉に跡部に抱かれていた名前も振り返った。



「私たちの家柄は並半端なものではない。日本でも言ったが、財閥での婚儀の意味は物凄く大きいんだ」

「…はい」

「君達のような二大財閥の子供同士が付き合うというのは、世界中から注目される。これから様々な意見も飛び交うだろう。だから2人の覚悟を見たかったのが本心だ」


画面越しの景佑も頬杖を付いて頷いている。



『お前たちがこんなデタラメな状況でも再び付き合ってくれて、本当に嬉しかったよ』

「景吾くん」

「はい」

「娘をよろしく頼むよ」

「もちろんです」


跡部は確かな頷きを見せた。




『そうだ』

「?」


画面越しの景佑が何かを思いついた様に人差し指を立てた。



『こうして何とか和解もしたことだし、名前ちゃん。お父さんと出掛けてきたらどうだい?』

「父様と…?」


背の高い父を見上げると、フッと笑みが返された。



『離れていた時間が長い分、話すことも多いだろう』

「…そうだな、名前、どこかランチでもしに行くか」


正之から手が伸ばされて、名前はその手を取ろうか戸惑った。
誤解が解けても、名前はまだ少し不信感が消えないでいた。



「…名前、行ってこい」

「景吾さん」

「たまには家族水入らずで会話するのもいいだろ」


トン、と優しく背中を押して、名前を正之へ近づける。
名前は小さく頷いてそっと父の手に触れると、優しく握り返してくれた。



「…景吾さん、少し出掛けてきます」

「ああ」


テラスから去っていく苗字家の背中を見つめると、パソコンから父の声が聞こえた。



『大人だな景吾。お前は1人お留守番だってのに』

「ガキ扱いしないでくださいよ」


跡部は椅子に座って、パソコン越しに父と対面する。

サラリと潮風が髪を揺らした。
青い海の上を、何隻もプレジャーボートが進んでいるのが見える。



『…冷静なフリしてるけどほんとは、正之がこの隙にまた名前ちゃんをオーストリアへ連れ帰ってしまうんではないか怖いんだろ』

「なっ…」

『当たった』

「父さん…」


跡部はため息をついて頬杖をついた。



「俺達の仲は許してくれましたけど、名前が今後どこで暮らすかはまだ決まってない。あいつにとってオーストリアは最高の環境です。財政が元通りになって、父親と和解出来たのなら尚更」

『でも景吾は名前ちゃんと暮らしたいんだろ?』

「はい」

『こればかりは名前ちゃんの意思を尊重しないとね。今はオーストリアへ帰っても、もう婚約をさせられる心配もないわけだから』

「はい」

『彼女のような音楽家にとってヨーロッパは最高の土地だ。まあ、正之がまた、名前ちゃんの意志に反して強引に連れ帰ろうとするのなら話は別だがね』

「…父さんやめてくれ」


跡部は大層苦い顔をして、テラスから一望出来る海を眺めた。






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